7月21日  金曜

 徹夜で『エクスプレス』生放送。
 ここ数回は「私だって寝てないんだよ」By雪印社長状態が続く。
 1/ 新仁義なき戦い、14回忌の命日にポスト裕次郎探し
 2/ 憲子夫人不倫疑惑、二子山部屋に暴漢乱入、
 3/ゆり&五郎とゴルフでニアミス、石田ゆり子の恋人成田で直撃
 4/叶恭子悩殺ビデオ完成
 5/船長は加山雄三「若大将クルーズ」
 などにコメント。

  一旦、帰宅。仮眠するつもりが眠れず。
 「私だって寝れないんだよ!」と思いつつ、

 14時、新橋、レストラン「ラ・キャビーヌ」にて
 週刊アサヒ芸能対談。〜2000年上半期重大ニュース
 そのまんま東、永田杏子ちゃんと一緒に。
 


 東さんを、夜の鳥肌の会に誘う。

 六本木、高田文夫事務所御挨拶。夏の御挨拶。

 日比谷公会堂。
 鳥肌実ライブ「人間爆弾」へ。

 駐車場で仮眠。
 お兄さん会(トンパチ・プロ)の
 メンバーと久々に会う。
 このマキタスポーツとハチミツ二郎が、
 テレビブロス誌で連載を始めるのでよろしく。



 鳥肌ライブは『フォーカス』でも紹介された。

 【フォーカス 8/2号】

 「竹槍でB29が落とせたんです」と鳥肌実の“演説”に若者殺到

 サミットの夜、日比谷野音に3000人余

 21日夜、日比谷野外音楽堂は、
 開場から客が落ち着くまでに30分を要し、
 3000人を越す20,30代男女で満員。
 人気バンドのコンサートではない。
 モノクロ写真のチラシには「人間爆弾 鳥肌実」とあるだけ。
 スクリーンを下げた舞台の左右に、「皇国の興廃この一戦にあり」
 「世界日の本統一宣言」の垂れ幕が風に揺れ、
 舞台下に「世界はひとつ」の横断幕。

 「とりはだ・みのる」とは……。
 空襲警報が鳴り渡り、
 この日の沖縄サミットでの大本営発表が流れたあとに、
 軍服姿の鳥肌登場。
 巨大なクリントン大統領写真に、日本刀で斬りかかる。
 ズッタズタに斬り捨て、刀を収めると、
 「皇居に向かって、敬礼っ!」「なおれっ」で、引き上げる。
 VTRで街宣車に乗った彼の宣伝活動が紹介されたあと、
 無責任シリーズの植木等が着たような水色の背広三つ揃いの鳥肌、
 檻の上に立って演説である。
 「戒厳令下の中、皆さま、鳥肌翼賛会の集会にお集まりいただき……」
 と夜空に響く演説は、
 「大政奉還。軍隊の復活。アジアを侵略。首都を奈良へ」
 「戦争中は、竹槍でB29が落とせたんです」の、ありゃらんらんらん。
 日本の敗戦を知らなかった小野田サンや横井サンのように、
 忘れられたどこの防空壕から出現したのか、この男。
 自称42歳の厄年なんだから戦争体験ないはずなのに、
 ノラクロもあきれるアナグロアナログ帝国主義の富国強兵、
 八紘一宇で心頭減却しちゃう、
 本物の政治家や右翼も顔負けの胡散臭さだ。
 縁日の“見世物小屋”的いかがわしさへの共感、郷愁なのだろうか。
 
 若い男女が演説に熱心に耳を傾け、大笑いする不思議。
 テレビには出ない“毒”に魅かれるのか、
 “教祖”への“信仰”なのか。
 竹槍戦車に乗り、竹槍フンドシ衣装で今後の活動予定は
 「所沢高校を巨大な日の丸で梱包」
 「戦争しかない。戦争になって、何もかもチャラになればいい」と、
  約一時間のステージ。
 
 アンコール催促の拍手には、パンツ一枚で深々と一礼し、
 最後は「失敬だな。もう帰るよっ!
 あんたがたに、馬鹿にされる筋合い、ないんだよ!」と、
 八つ当たり的捨てセリフ。それでも鳴り止まない拍手に、
 「本人が、もう出たくないと申しております」とスタッフが挨拶。
 過去に街頭パフォーマンスや一人芝居をやり、
 アジ演説スタイルで九段会館、日本青年館を満員完売にしてきた男は、
 「これで日本武道館、NKホールのメドが立った」と、
 次なるステージベ実に冷静なんである。

 観客には、ネタが「短い」との不満もあるようだが、
 鳥肌スタイルの芸人に客の期待はインフレするばかりだ。
 江頭2:50だって、単独ライブは、後は死ぬだけ。って状態になった。
 だから、これで俺は正解だと思う。

 高田先生、そのまんま東さん、
 松尾スズキさん、乾貴美子さん、週刊宝石記者嬢。
 と言う、ほとんど相互に知らないようなメンバーで。



 もちろん、松尾さんは初対面なのだ。
 「一度も芝居見たことないのに、『鳩よ!』に原稿書いてスイマセン」
 と俺が言うと、
 「見なくていいですよ」と冷たく言われるかと思ったら、
 まるで桜庭和志のような、ニヤリ顔で、
 「見て下さいよ…」と。
 見ることにしょう!
 
 そのまま、お酒。
 一次会は、東さんの独壇場と言うより、
 東さん、突っ込まれ放題。
 高田先生や俺にノーガードで打たれまくる。
 が、全てが、満場爆笑。
 なんだか、「負けるが勝ち」の笑いの極意を会得したような
 アホの坂田師匠や、ノック師匠のような。
 神様が宿ったような「師匠」と呼びたくなるほどに、
 脱力しているオモロ加減。
 先生に「おまえ、鳥肌より面白いよ!」と。
 
 2次会は三宿で。
 東さんの提案で…
 飲むほどに酔うほどにカラむほどに…
 東、酔拳、発揮。
 さっきの天国は何処へ?
 
 途中で、俺は、睡拳状態。
 
.
.
. 
7月22日  土曜

 半蔵門T−FMで『ビートニクラジオ』収録。
 ターザンさんことビートたかしさんと
 3人きり。
 マネージャーもたまたま居なくて、
 ディレクターの服部さんも体調不良だって…。

 7月19日の「ターザンの一番長い日」をメインに。
 この日、ターザンに何があったのか?
 ターザンのHP『マイナーパワー(有料)』の日記より。

. 7月19日(水)

 「ナイトウォーカー」にキャバクラとは何かの原稿を書きFAXで送る。
 午後0時30分『SRS・DX』の発行人の柳沢氏の車に乗って
 作家の百瀬さんのマンションへ。
 3人でてんぷらを食べホテルオークラへ。
 猪木さんをインタビューするためだ、

 午後2時の約束だったが猪木さんはこない。
 百瀬さんが猪木さんのケイタイに電話したら
 今、横浜のホテルだという。
 急遽、車を飛ばしてそのホテルに行く、
 私は7年振りか8年振りで猪木さんをインタビューできた。
 すべて百瀬さんの力である。

 猪木さんは取材中、
 私に「君はジャイアント馬場になれ!」と言われる。
 一体、どういう意味なのだろうか?
 最後、百瀬さんと猪木さんが
 両脇から私の足を持ち上げて写真をとってくれたのには大感激。
 猪木さんは普通そんなことはしてくれない。

 あとでこの時の取材中の写真を見た『SRS・DX』の編集者から
 「山本さん、猪木さんの前では
  少年みたいにうれしそうに写ってましたよ」
 と言われてしまう。早くその写真が見たい。

 猪木さんと会って大感激したら今度は深夜、
 元子さんから電話があり、100分も話す。
 元子さんとは昨年の1月1日に電話して以来だから
 およそ1年と7ヵ月ぶり。
 今日という日は昼に猪木さんと会い、
 夜は馬場夫人と電話でおしゃべり。私にとって歴史的一日となった。

 登場人物にフィクサーとしての百瀬博教さん。
 そして7年ぶりの猪木。さらに2年ぶりのミセス馬場。
 なんと贅沢に人物を呼び込んでいるのか。
 2大巨頭とのホット・ラインを一日でつけてしまった。
 すっかり、プロレス業界に蘇ったターザン雄叫び聞こえてきそうだ。
 しかし、放送終了間際、
 「本当は、これよりも、
  もっとスゴイことが起きたんだよオオオ!!」と。
 言いだす。
 四谷の居酒屋へターザンを連れ込む。
 ターザンが語った話とは…
 さらにターザンのHPマイナーパワーより、


 前の奥さんが再婚することになった

 私事で恐縮だが私はある意味で”芸人”でもあるので、
 これは書かざるを得ない。
 
 私は2回結婚し、
 バツ2になったが2度目に結婚した人とは2年前の秋、離婚した。
 その彼女がどうやら再婚することになったようである。
 私は彼女は仕事に生きる人と思っていたし、
 プロレスとは別の世界にはいった人と思っていたので、
 今回のことはやはりショックだった。

 再婚の相手は『週刊プロレス』の鈴木健記者。
 彼は私のことを今でも尊敬し、 部下の中で私を親っていた中では、
 たぶんトップではなかったのか?
 ターザンイズムを継承し、それを自分のライフワークにしている。
 本当は鈴木健記者の名前は出すべきではないかもしれないが、
 どうせこの業界の中で知れ渡るなら、
 はっきりと公(おおやけ)にした方が、
 私は彼のためにもいいと判断したのだ。

 私はこれも元週プロの記者だった市瀬クンを仲介役として、
 3人で会った。市瀬クンも
 「早く自分から公表した方がいいよ」と彼にアドバイスしていた。

 私はといえば今回のことは"芸”にするしかない。
 友人、知人にはすぐに知らせたが
 私はその時
 「人生はすべからくギャグですから」とそう言ってまわった。
 ”さよならだけが人生だ”を私は座右の銘にしてきたが、
 これからは「人生は所詮ギャグだ!」に変えるつもり。
 これによってしか私は自分を救う言葉はないと、
 はっきりとわかったのだ。

 どんなことでも起こったことを楽しむのがプロレスとしたら、
 もう一つ起こったことは気楽にギャグと考えればいい。
 それを発見した私は今後、
 さらにパワーアップしそうな予感が今している。
 健ちゃん(あえてそう言わせてもらう)には、
 ボクは家族に家庭サービスなど全然しなかった人間なので、
 君がボクのかわりに
 ボクが彼女と娘にできなかった幸せをしてあげて欲しいと伝えた。

 健ちゃんも私には
 「今まで通り、付き合って下さい」と言ったので
 「ああ、いいよ!」と私もそれは約束した。
 それでも私はこれを芸にしていくしかないのだ。
 今は私に命があることが最大の幸せだとそう思っている。
 いきていればこそ人生だから・・・。


 プロレス界には「蘇った」と思っていたら、
 完全に私生活では「死に体」だったのだ。
 ターザンも言っていたが、
 「まるで、藤波さんが倍賞美津子さんと結婚するようなものだ」と。
 しかし、なんたる結末であり、なんたる皮肉な運命。
 デビル・アングルであり、ダイナマイト・スキャンダルである。
 信頼していた部下に元妻を寝取られる心境たるや、
 いかがなものか?
 普通の人間なら、この修羅場に、さらに修羅場を作るのではないか?
 しかし、それでも泥にまみれていても
 「笑ってくれ!人生はギャグだ!」
 と言いきる、ターザンは本当の意味で、
 芸人としてビートの冠をつけた俺たちの「心の師匠」
 になった…。
 頭にビートの冠をかぶり、下のパンツは潔く脱ぎ捨てる。
 芸人だからこそ負けるが勝ちなのだな〜。
 すべての終りはすべての始まりなのだ。
 

 ターザンの話に聞き入り、すっかり時間が過ぎて帰宅したのだが…
 「もう、終わってる時間ですよ!」とスズキは言うが、
 「でも、行くんだよ!」
 終了間際、「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
 梅さんに全日本プロレス話、聞きながら…
 タイ式縄跳び、2分×4
 ジム生が帰り支度をしているところで、
 俺たち二人は終了時間延長してもらってまで
 ウォーミングアップの運動を。
.
.

 7月23日  日曜

 8時発、長野へ
 『三峰川サマーピクニック2000』営業。

 なぁああんにも憶えちゃいねぇ。
 起きてもないのに車に乗せられ、
 新宿駅からあずさ2号に乗せられ、
 長野駅からまた車を乗り継いで、
 「目を覚ませてください!!」
 とマネージャーに言われて、
 気が付けば、緑に囲まれたダムの人工湖の前だ。
 赤江くん(玉袋)と、スワンボートに乗る。
 何度、このシーンを二人でやったことか。
 俺たちのキッズ・リターンの自転車だな。

 安原マネと3人でスクワット。
 可愛らしい子供に囲まれて、
 ストラックアウトやら、ピンポン玉キャッチ等。
 帰りは車窓から風景を楽しみながら…

 帰宅後、赤江くん(玉袋)が事務所に申請した、
 夏休みに突入。
 わずか2日であるが、赤江くんは、
 構想5年、ようやく実現の磯釣りへ。

 俺も、夏休みらしい行動、
 「菊次郎の夏」をいくつか、可能性を当たってみるが、
 結局、都内脱出は断念。
 そういうものだ…。

.
.
 
7月24日  月曜

 夕方、初台でスパゲッティー。

 せっかくの、貴重な夏休みだが、
 そうなると行き先は、決まらない。
 行き先が決まらないから、
 なにも日々の暮らしと変わらず同じことをしようと思う。
 行くところは、結局「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」だ。
 久々に組技、打撃、2時間、クラス。
 皆さん、楽々こなしているのだが、俺には、
 もう、体力も体液にも残りはない。

 スモウ(佐藤)さんと「大将」で焼き鳥、ビール。
 スモウさんは、「スネーク・ピット」会員ナンバー1番の、
 もっとも古株ながら、まだ21歳の若者だ。
 「お忙しいのに、博士は熱心ですね〜偉いですよ」
 と声をかけてくれる。
 しかし、話を聞けば、毎日、本厚木から2時間をかけて、
 バイト先である、高円寺に通い、
 19時からの、クラスにほぼ、皆勤賞で出席して、
 新人会員には懇切に指導して、汗まみれになって、
 また2時間をかけて帰っていく。
 「おまえの方が偉いわ!!!」と言いたくなる。

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.
 
7月25日  火曜

 「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」が休み。
 筋肉痛に苦しみながら、外出せず。

 明後日の「未来ナース」収録のゲストが談志師匠と聞き、
 そのまま呪縛に金縛り。
 「落語通」とは言えない俺にだってわかることだが、
 談志師匠は芸人にとってはスペシャルで最もチャーミングな人だ。
 今までこの日記のなかでも談志師匠について
 こんなに想いを馳せているのだ。
 談志師匠お薦めの映画『八月のクリスマス』(映画瓦版
 をビデオ観賞。

 談志師匠が何故この映画がことさら好きなのか?
 思いながら、見てしまう。

 死期を悟った、写真館の男の、何も起こらないラブ・ストーリー。
 
 『スポコン』ビデオで。 
 先週のアリ・猪木戦発掘も永久保存版だったが、
 今回の長嶋伝説も各局ありがちな企画ながらオモロだったなぁ。
 「南原黒帯への道」ほど、今、俺に火をつけているものはないぞ。

 『ガチンコ』のファイトクラブも相変らずのオモロさ。
 我が家の、元・学生キックボクサー、
 どっこいサブ(この度、「どっこい・どっこい・どっこいサブ」に改名)が
 竹原に顔も似てれば、背格好、筋肉のつきかた、胸毛も生え方まで、
 似ていて、おかしくてしょうがない。

 『紙のプロレス』29号
 編集部のチョロくんが持参。
 なんと、ノアが取材解禁に。
 とにかく、スモーノブが頑張った。

 夜、放送になった
 未来ナース版「ガッツンコ・ファイト・クラブ」は、
 終了後、メールで問い合わせ殺到になったが、
 あれ以上に未来は続かない。
 まさにガッツの「幻の右」となる。
 そういうものだ。

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