7月11日  火曜
 
 朝酒のせいか、すっかり、二日酔い。
 13時起床。
 朝型ペースが狂う。
 
 中野診療所へ健康診断を受けに行く

 連日スズキとはジムで乗ったり、乗られたりだが、
 すっかり埃をかぶった
 SUZUKI アドレス110スクーターに乗って
 遠出してやる。

 夕刻、
 高円寺「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
 この一月半、毎日のように出てくるこの単語。
 この日記を読む女性やプロレス・格闘技に門外漢には、
 このジムがそもそも何なのか、
 さっぱりわからないとメールもらう。
 確かに。
 常日頃、俺だけがわかるようなことは、書かないよう
 こころがけているつもりなのだが…。
 蛇の道は蛇。
 詳しく説明しておこう。

 【UWFスネークピット・ジャパン】
 1999年4月、東京都杉並区、高円寺、環状7号線沿いに、
 元UWFインターのレスラーで「Uインターの頭脳」と呼ばれた、
 宮戸優光(63年生)が設立したシュートレスラー養成機関。
 及び、年齢・男女を問わず一般に開放されたスポーツ格闘技ジム。

 その理念は、かつて英国はマンチェスターに実在し、
 カール・ゴッチをはじめ、数々の名レスラーを輩出したビリー・ライレージム、
 通称・スネークピット(蛇の穴)に倣うものである。
 ちなみに、劇画タイガーマスクの「虎の穴」とは、
 この「蛇の穴」のもじりである。

 ヘッドコーチは伝説のプロレスラー・ビル・ロビンソン。
 ロビンソンは日本、しかもジムの傍の高円寺に定住して、
 レスリングの基礎と言われる
 「ランカシャー・レスリング」のスタイルを基に、自ら指導。
 自身が育った英国のスパルタ・レスリング道場「ヘビの穴」の再興を目指す。

 また組技・レスリング以外にも、立ち技・キックボクシングコースも併設。
 元UWFインター立ち技部門に所属し、
 元シュートボクシングカーディナル級王者、
 元キックボクシング・ISKAライトウェルター級王者の大江 慎(67年生)が指導。

 昼間は、キックのチャンピオンクラスの練習と共に
 ジム生が個々に自主練習を行い、
 夜は、19時より、曜日ごとに各種コースによる、合同練習が行われている。
 初心者には通常はキックやパンチ等の打撃動作や、
 組技、防御体制などをコースで教示。
 特に難しいことはなく、体操を覚えるような感覚で反復習得を心掛けている。

 ビル・ロビンソン
 鉄人ルー・テーズ、神様カール・ゴッチと共に世界を代表するレスラー。
 1939年9月18日英国マンチェスター生まれ。54年ビリー・ライレー・ジムに入門、
 59年アマレスデビュー。1963年6月にプロレス入り。
 英国、欧州マットを制覇して68年4月に国際プロレスに初来日。
 傑出した技術をもつ、正統派のテクニシャンとして、
 当時としては珍しい外国人エースとして絶大な人気を誇る。
 日本で初代IWA世界ヘビー級王者となり
 ダブルアームスープレックスを必殺技に世界中の幾多のタイトルを手にし、
 「人間風車」の異名をとる。
 特に新日本の“燃える闘魂”アントニオ猪木との名勝負は名高い。
 85年の引退後も、なお伝説のレスラーと世界中のファンに崇められる。
 99年よりU.W.F.スネークピットジャパンのヘッドコーチに招聘され来日。


 
以下は専門的になるので、興味の無い人は飛ばしてくれ。

 ランカシャーレスリングの起源
 イギリスで生まれたレスリングスタイルが
 「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・スタイル」である。
 グレコローマン・スタイルが上半身のみの攻撃しか許されていなかったのに比べ、
 「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」は、全身どこを攻めてもよく、
 関節技も行われた。
 この「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」を安全にし(=関節技を禁止)、
 スポーツ化したのが、現在のフリースタイルレスリングである。

 ビリー・ライレージムの歴史
 蛇の穴、ビリー・ライレージム出身のレスラーとして有名なのは、
 「プロレスの神様」カール・ゴッチ、「人間風車」ビル・ロビンソン、
 「爆弾小僧」ダイナマイト・キッド。
 さらには、バート・アズラティ、ブルーノ・アーリントン、カール・クラウザー
 (カール・ゴッチではない)。
 ビリー・ライレージムは、1920年代初頭、
 イギリスのランカシャー地方のウイガンという町に
 ビリー・ライレーが建てたレスリングジムだ。

 当時、ウイガンは炭坑の町。
 坑夫達の娯楽と言えば「力くらべ」、すなわちランカシャーレスリング。
 そんな中で生まれ育ったビリー・ライレーのレスリング技術は抜群。
 噂を聞いてやって来る男達を、叩きのめし、
 それで得たお金で、母親に家をプレゼントし、
 さらにジムまで建てたしまった。それがビリー・ライレージムである。
 ジムの全盛期には、狭いジムに30人ほどのレスラーが出入りし、
 激しいトレーニングが行われていた。
 カール・ゴッチもそのうちのひとりである。

 初めてジムに来たゴッチは、
 1952年ヘルシンキオリンピックベルギー代表で銀メダルと、
 グレコローマンスタイルでの実績こそ輝かしいものがあったが、
 サブミッション(関節技)の技術を持っていなかった。
 その為ゴッチは、ライレージムの一番弟子である
 ビリー・ジョイス(1968年国際プロレスに来日)
 にろくに触れることもできずおもちゃの様にされた。
 ゴッチは衝撃を受け、ライレージム入門を決意した。

 ジムでどの様な練習をしていたのか?
 「シークレット」だったためその実体は知られていない。
 ライレージムのレスラーは、マットに倒されてもすぐさま立ち上がり、
 攻撃を仕かけてるしつこさい、
 いつしか「ライレージムの奴等は蛇のようだ」と言われるようになる。
 炭鉱の町ウイガンは町中至る所にPIT(炭坑の穴)があることから、
 ライレージムは別名「SNAKE・PIT」(蛇の穴)と呼ばれる様になった。

 ライレージムの衰退の始まりはトレーニング器具の揃ったボディビルジムの浸透、
 テレビ放映で黄金期を迎えたため、レスラー達が巡業に行き、
 ライレージムで練習する事が少なくなったこと、
 時代と共に様々な娯楽が増えはじめ、若者もレスリングから離れていったことである。
 1982年ビリー・ライレーの死。
 50年以上もの長期にわたって活動してきたライレージムは
 魂が抜け廃虚と化してしまった。
 さらに1989年春、放火によってライレージムは全焼した。
 1979年カルガリー経由で初来日したダイナマイト・キッドは末期の練習生だ。

 左から、大江慎トレーナー、宮戸優光代表、
 桜庭和志選手(高田道場)、ビル・ロビンソン先生。 「ゴング格闘技」8月号より
                        

 U.W.F. スネークピット・ジャパン
 東京都杉並区高円寺北2-15-1-2F(JR高円寺駅から徒歩5〜7分)
 Tel:03-3337-1889

 俺は子供の頃から、格闘技道場などへ、通いたいクチではあったが、
 道場は“鬼の住むところ”の認識があり、
 見学に行っても、入門まで決意したことは今まで一度もなかった。
 ジムの雰囲気は、宮戸さん、大江さんの性格によるところが大きいのだが、
 気さくで、和やかであり、
 イジメやシゴキは皆無である。

 そして、これは「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」に限らず
 どこの格闘技の道場でも、自然に持つシステムであり
 格闘技道場の最大の美点ではあることだが、
 通えば、通うほど、対外的な“強さ”において自信として持つことが出来ても、
 それに相対して今まで目を向けたこともない
 内成る“自分の弱さ”への不安と自覚を増すことは言うまでもない。
 しかも、このシステムは、スポーツジムにはないものだ。
 
 本日は19時より組技初級コース。
 ウォーミングアップから、基礎の型を習い、反復練習。
 最後に紅白に別れて、3分間のスパーリング。

 俺は、このスパーリングが楽しみだった…。今日までは…。

 体重差があまりない、福田さんとスパーリング。
 何も技を知らない俺はただ、向かい合い、
 力任せに組み伏せるだけなのだが、
 前半は攻勢ではあったが、残り30秒で、息が切れる。

 今まで、ここにきてから、何度も息切れと限界、
 “もう死ぬ”と思うような瞬間は多々あったが、
 今回は、目がぼやけて、視界が歪んで見えた。
 脳がひっくりかえって、平衡感覚が保てなかった。
 そのまま、更衣室で横になったが回復できず。

 そのまま20時半からの立ち技初級コースが始まる。
 ジムに来ている、さっきまで同じコースに出ていた
 全員が一人残らず出席しているにもかかわらず、
 俺一人がリタイア。
 「上がったほうがいいです」と宮戸さんに言われ、
 スズキを残して一人で帰る。
 37歳の大人の俺なら、
 「うはあぁ、今日は、疲れましたぁ、若いものにはついていけません…」と
 笑い飛ばすところだが、
 なにしろ、今は“17歳童貞・部活命”の魔法をかけているのである。
 あまりの惨めさに、明日、退部届を出す気持ちになった。

 今まで共に汗を流した仲間と別れ、
 しょせん、弱虫野郎だとと蔑まれ、
 世界との関わりである、唯一のよりどころから落ちこぼれ、
 もはや未来は閉ざされた気持ちに浸り込み、
 敢えて、
 泣きながら帰ることにした。
 
 “嗚呼、俺はナチュラルに弱い”
 
 帰宅後、テレビでTBS『ガチンコ』のガチンコファイトクラブを見る。
 俺たちがやっている「もやしっ子ファイトクラブ」遊びは
 もちろん、ここから来ている。
 
 このコーナーのテレビ的演出法は、よくわかっているし、
 毎回、毎回、クドい程、続く、
 「この後、思わぬ展開が…」のナレーション。
 またボクシングファンには賛否両論あるようだが、
 ここにきてオレ的には俄然、オモロだ。

 第一期生から第二期生に移行し、
 辰吉丈一朗似の九州弁のトンパチ野郎のキャラが立ちまくる。
 今日は、コーチとして2階級王者の畑山が登場、
 案の定、九州弁男が、食って掛かる。
 先週の予告編では流れたこのトンパチ塾生を
 畑山がボコボコにするシーンはなく、
 一撃でプロのパンチを思い知らせる展開に…

 昔懐かしい、梶原一騎の劇画を読んでいるような、
 確かに幼稚でワンパターンでありながらも
 男の子の血が滾るドラマ性の連続。
 今やWWFよりワクワクするのである。
 
 ムムム、「もやしっ子ファイトクラブ」の
 俺たちもここらで新展開だろう。
 深夜、スズキとサブを集めて、
 今日の挫折を語り、
 もやしっ子ファイトクラブ解散の決意を打ち明ける。
 「もはや、ここまで、俺は歳だし、もう、ついていけない…」

 罰として今日は禁酒。
 今日の挫折は悲しいが、
 久々にようやく、酒が抜けたのは良かった。
.
.

 7月12日  水曜

 昼、スズキを連れて「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
 退部届を出しに行くことに。

 が、予定通りの「思わぬ展開に…」

 「スズキやっぱり、続けよう。
  二日酔いだから、昨日は練習についていけなかっただけだ。
  でも、昨日は酒が抜けただろ。
  今まで、“若いものには負けない”つもりでやっていたけど、
  今日からは“若いものには負ける”つもりでやるぞ。
  今日からは負けつづけるぞ!
  結局、あそこに行かなきゃ、
  勝ちも負けもないからな」と。

 スズキも、俺一人のドラマごっこに、
 「はいはい、わかりましたよ」と言う表情に。

 とにかく、昼間はコンディショニングだ。
 なんとか、自分の心拍数を上げる方法はないのか?

 スクワット、タイ式縄跳び踏み台、2分×3等、
 酒抜きの効果は出ている。
 一人で練習していた松並さんに、
 昨日固められた横四方の脱出法を聞く。
 よし、これで、夜は大丈夫だ。

 夕方、銀座マガジン・ハウス
 「an・an」対談。(8/18発売)

 なんで俺がan・an?と思いつつ、気重に行くと、
 編集者の方がサイキックのイベントで会った旧知の女性だった。

 対談相手はペリー荻野さん、漫画家、なかはら桃太さん
 「男が放っておかない女になる」テーマで。
 赤江くん(玉袋)がいないのと、
 初対面の女性二人相手に、
 このテーマで話すことだけでも、恥ずかしいな〜と思うし、
 しかも、俺は今何をこんなに偉そうに言ってるのか?と思いつつ、
 まるで、自分が山田美保子になったつもりで話す。
 いつもは、赤江くんの暴走を、アイコンタクトで諌める役なのだが、
 自分の暴走も止まらない。
 
 そのまま、21時、
 再び「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
 コースも終りスパーリングのまっ最中。
 内心ひるみつつも、
 元気に飛び込んでいったが、わずか1分半で力尽きる。
 「たぶん、俺って向いてないですよね、
  いくら頑張っても向いてないって言って下さい」
 と宮戸さんに言っていたら、笑われ、慰めれれる。
 
 トレーナーの石井さんと味平で牛テールラーメン。
 疲れ切って箸持つ手も上がらず。

 

 
7月13日  木曜

 今日は、「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」
 が休みだ。

 と言うことで、日がな1日、雑誌、読書、三昧。
 「カルト資本主義」(斎藤貴男・文春文庫)は、
 本当に考えることが多い。
 が、何を考えたのか書いている暇がないので、
 目次だけでも…


   

第一章 ソニーと「超能力」

たゆまざる技術革新の競争の中で世界の覇者となったソニー。そのソニーに技術と馴染まぬ ある研究室がある。その存在を秘匿されてきた"エスパー研究室"が、バブル崩壊後公然と姿をあらわした

第二章 「永久機関」に群がる人々

一度、動力を与えれば永遠に動き続ける夢の機械「永久機関」は、エネルギー保存則の発見によりその存在を否定された。中学生でも知っているこの法則を、だがこの国の大企業は信じていないようだ

第三章 京セラ「稲盛和夫」という呪術師

京セラの驚異的な生産性の秘密とは? 稲盛和夫が主催する「盛和塾」にはその秘密を学ぼうと全国から中小企業の経営者がつめかけていた。だが、それは塾というよりは新興宗教の教団のようだった

第四章 科学技術庁のオカルト研究

科学技術庁が密かにオカルト研究をしていた。鳩山由紀夫ら"改革"派議員が大まじめで「気」の研究会を組織していた。官僚も政治家も、なせか今、近代文明の否定から出発する運動に魅かれている

第五章 「万能」微生物EMと世界救世教

沖縄の国立大学の教授が開発したという微生物資材を、自治体が、医者が、教師が、"地球を救う万能楽"としてあがめている。が、その"万能薬"のルーツには、世界救世教の内部抗争があった

第六章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」

『脳内革命』、EM菌、オカルトビジネスの影に必ずこの男がいた。サラリーマンを魅了するこのドンは神官の家に生まれ、その職業経歴は、日本型経営を支えた労務管理の歴史とピタリ重なっていた

第七章 ヤマギシ会----日本企業のユートピア

全ての財産を寄進させる共同生活。五〇年代に始まったこのコミューン運動は、九〇年代、一大農業ビジネスに発展した。カルト集団と批判を浴ぴるこのヤマギシ会に、たが、日本の大企業は注目する

第八章 米国政府が売り込むアムウェイ商法

米国ABC放送が「カルト」と表現したアムウェイ商法。日本でも問題が続出、ついに国民生活センターがカルト的な組織活動として警告を発した。だが、米国政府はアムウェイを徹底的に擁護する

終章 カルト資本主義の時代

パプル崩壊後の日本にまたたくまに広がったこの空気は何だろうか。第一章から第八章までとりあげた事象は一見ばらばらに見えるが、その底流は共通 している。
それを私はカルト資本主義と名づける

 と、目次を読めば、
 昨今のニューエージ、ニューサイエンスと企業を結びつける
 礼賛書のように見えるだろうし、現実にこの手の本は、
 売れに売れているのだ。
 
 しかし、この本の中身は、実は真逆なのである。
 オウム真理教の狂気を目の当たりにしても、
 まだも、“資本主義”と“企業”の論理が、
 マスコミによって人々を無自覚にオカルトに走らせる構造を描いているのだ。
 著者は最後に、
 “無我執”も“ポジティブ・シンキング”も個人の折々の生活信条の範囲から、
 断じて逸脱してはならない。共通の価値観にさせてはならない。
 と結論している。
 目次に出てくる、固有名詞に憶えがあったり、興味があったりする人は、
 ぜひ読んでみて欲しい。

 夜、TBS『ZONE』〜清原和博&愛妻奮闘記を見ながら
 東スポ原稿。
 『エクスプレス』ネタ作り。
.
.

 7月14日   金曜

 5時半起床。
 「私だって寝てないんだよ〜」
 と雪印社長のようにつぶやきながらTBSへ。
 『エクスプレス』生出演。

 ○ 雪印・モウ娘、警察不祥事・ロンブー骨折
 ○ 水戸泉重婚、・TBSアナ朗読会
 ○ ヨーデル食べ放題ヒット・近藤サト作詞家に
 ○ パンダ死去・牛追い祭り・そっくりペット
 ○ 大西結花ドライバー、松野さんホストデビュー
 などにコメント。

 マルチ画面と絵が合わなかったり、時間がなくなったり、
 だが、生放送は仕方ない。

 渋谷ビデオスタジオへ移動。
 『チャンネル北野』3本収録。
 マキタスポーツと一緒。
 収録中は、寝不足でまるで夢の中で。
 3本目、ターザン山本こと、ビートたかしさんも出演。
 大仁田vs長州戦を予想。

 一時間だけ仮眠。

 赤坂、居酒屋「でんさん」にて、
 TBS『エクスプレス』スタッフによる
 「浅草キッドを囲む会」。
 小川アナ、木村アナも出席。
 これは心の底からありがたいことだ。
 しかも、皆さん、ほとんど徹夜明け状態。
 
 2次会、トマトジュースを飲んでいた俺のお隣に、
 てっきり土方の大将のような親方体質だと思っていた
 バツ2のプロデューサーが…。
 「最近2番目の妻を外人に寝取られたんだよ」
 と実にオモロな話をしてくれた。

 結婚を一度もしたことがない俺は、いろいろと聞いた見た。
 そして、理想の結婚についてこんな例え話をしてくれた。
 「大草原の小さな家のような大きな家で、
  最愛の妻と、30人の子供と暮らしているんだ。
  ある日、妻が『17番目の子供が家出していなくなった!』
  って言いだすんだよ。
  その時、俺はあんまり子供が多いから
  その17番目の子供の名前も思い出せないんだ。
  『子供の名前も思い出せないの?』って非難する妻に、
  俺は『例え子供が一人いなくなっても、
  また31番目の子供を作ればいいじゃないか』って
  言ってやるんだよ」と。
 
 その話に聞き入って
 「まるでジョン・アービング原作の映画のようですね」と言うと、
 「俺は『ガープの世界』が映画ベストワンなのだ」と言われる。

.

.
 
7月15日  土曜

 昼、「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
 江頭2:50と共に。
 3人でコンディショニング。
 もやしっ子ファイトクラブベンチプレス選手権で、
 会員ナンバー1を奪回。
 しかしスパーリングでは江頭ちゃんにとられる。

 
 16時よりTBS『未来ナース伝説』収録。
 久々にガッツ石松さん登場。
 練馬、ガッツエンタープライズへ。
 「ガッツ・ファイト・クラブ」結成を持ちかける。

 この後、「思わぬ展開に…」
 本当に未来ナースは伝説になるかもしれんなぁ。

 渋谷でガッツさんにステーキを御馳走になる。
 娘さん、息子さん同席。

 深夜、江頭と高田事務所の松田さん来宅。
 松田さんは、ある話のキッカケにええええっと驚き、
 なにやら、お互いボロボロと秘めたる話を話し込む。
 その間、江頭はずっと寝ていた。
 その寝顔の幸せそうなことといったら…。

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博士の悪童日記<2000年7月中旬後半>へ

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