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 8月21日  月曜
 
 13時、目黒のパイオニア本社にて『週刊宝島』の取材。
 DVDホームシアターについて。
 宝島ライター・みのわあつおさんとお仕事。
 昔からみのわさんの映画の文章をたくさん読んでたので、
 個人的には、 密かに嬉し。

 近々廃刊になるとの噂の、メンズ・ウオーカー別冊、
 格闘技プロレス特集取材
 「レスラーのニックネームについて」
 取材後にいろいろ、オモロなことが思い浮かぶ…。

 17時、事務所にて『ポポロ別冊』の取材
 恋のお悩み相談に回答…。
 話をしているうちに、いったい何を俺は言っているのだ…と
 恥ずかしくなったのだが、なんとか、堪えて答えきる。
 
 23時入り。TFM『FMソフィア』コーナー収録
 「最近LOVE LOVEなあの人に贈りたいLOVE SONG特集!」
 コアラ・三原じゅん子夫妻などにコメント

 そのまま、深夜1時『ビートニクラジオ』生放送。
 ビートたかしことターザン山本さんと。
 現場で、企画を変えて
 「FAX100枚こなかったら“ビート”剥奪スペシャル」に。
 どう考えても、FMリスナーにはまったくニーズのない、
 電波押し売り状態の狂人・ビートたかし路線なので、
 ほとんど、FAXこないものだと思っていたが、
 思いの外に、反響、来るものだ。
 結局惜しくも、97枚で、「ビート」の名前は剥奪。
 こういう生放送もオモロ。

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8月22日  火曜

 15時、「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
 ジムが盆休みになり、今までで一番トレーニング期間が
 空いてしまったので、久々に。
 今まで、3日と開けずに行っていたのに、
 これだけサボると、急激に体力低下した気になるから不思議だ。

 初めて行った日を思い浮かべて
 一から、ストレッチ&ウォーミングアップ。
 帰ろうとしたところで、
 説教音楽家・ロマンポルシェが
 プロモーション・ビデオの撮影に訪れていた。
 そのまま、すれ違う。

 22時、TBSラジオ『アクセス』ゲスト出演。
 「下着ファッションの是非について」討論。
 小島慶子アナ、評論家・宮崎哲也と共に。

 宮崎さんは、「朝生」の説教小僧の印象しかなかったのだが、
 我々のバカ話に敏感に大受けしてくれて、
 思いの外、気を使う良い人であった。

 しかし、小島さんと宮崎さんのやりとり。
 菊間アナとピーコのようで、個人的にオモロ。

 「ガチンコ」漫才道に、お兄さん会の
 U字工事が、出演。
 お兄さん会芸人のなかで、
 最もテレビ的と思っていた、二人なので、
 今後も出て欲しいものだ。

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8月23日  水曜

 オリコン原稿書き。

 読書デー。
 『お笑い創価学会』(佐高信/テリー伊藤、共著・光文社)

 テリーさんのテレビに出る人間でありながらも、
 ひるまない、こういう活動は、
 常に挑発的だな〜って思う。

 『東京アンダーワールド』(ロバート・ホワイティング著・角川書店)
 元々、俺がロバート・ホワイティング本、
 大のファンと言うこともあるが、
 なんで今まで読まなかったのか。
 いろいろ書評を見るにつけ、
 読まねば、読まねばと思っていたが…



 マーティン・スコセッシ監督で映画化決定と聞き、
 さらに、ジョー・ペシ主役。
 力道山役に、長州力。
 そして力道山を刺した男に、ビートたけしが、
 キャスティングされるのでは?
 って言うような興奮しないではいられない
 観測が伝わってくるとなると、
 こりゃあ、読まずにいられない。
 そして、これがもう、読みはじめたら止まらない。
 ノンストップで5時間。

 『突破者』(宮崎学著)以来の興奮か。
 いくつかの書評みたいなものを。

     
 現代日本の腐敗、もつれた網のように広がる組織、
 そして裏工作するフィクサーたちの卑劣な世界を描いた秀逸な一冊だ。
 デビィット・ハルバースタムとジェームズ・エルロイが
 みごとに合体したともいえる本書には、
 さまざまな興味深いエピソードが、驚くべき事実として
 モザイクのようにちりばめられており、
 一般に考えられているのとは異なる、闇社会の現実を暴いている。
 これは表沙汰にならなかった歴史であり、
 皆が思っているよりずっと大きな問題として浮上してくる、
 現代日本アンダーワールドの闇の姿なのだ。  
              jeft kingston,japan times

 アメリカと日本との本格的な関係は、一八五三年に始まった。
 マシュー・ペリー提督率いる黒船の 一団が、
 世界への扉をかたく閉ざしていた日本に門戸開放を迫り、
 数世紀にわたる鎖国政策にピリオ ドを打たせたときからだ。

 しかし、その後数年問は、どの時期をとっても、
 実際に日本に住みついたアメリカ人の数は、せい ぜい数百人。
 しかも大半は、シルク商人、石油商人、
 教師、宣教師、大使館付き武官などで、
 一般の 日本人とは、社会的な意味でも地理的な意味でも、
 隔離されて暮らしていた。
 そんな状況を一変させたのが、太平洋戦争だ。
 戦争が終わるやいなや、アメリカから五十万人以上の兵士や一般人が、
 どっとおしよせてきた。
 日 本人は彼らを、いやがおうでも受け入れなければならなかった。

  歴史家はこの二文化の出遭いを、
 「ローマ人のカルタゴ侵攻(紀元前のポエニ戦争)以来の大事件」
 と呼んでいる。
 図書館にいけば、めくるめくような戦後の変遷をしたためた歴史書や、
 博士論文や、個人の回想録 が、数限りなく見つかることだろう。
 ニューディール政策に意欲を燃やした"対日エキスパート"だちは、
 目をきらきらさせながら、じつにさまざまな改革をおこなっている。
 −新憲法の作成、中途半端な民主主義の導入、
 ”閉ざされた国家”から”グローバルな経済大国”への、
 緩慢で苦痛に満ちた変身……。
 
 日本とアメリカが"仲良し”になったことで、
 協会や財団、親善団体、学術部門、シンクタンク、
  資料施設、寄付金制度、通商協議、条約、姉妹都市などが、
 雨後のタケノコのように、荒れ野からつ ぎつぎと芽をふいた。
 おたがいの平和と繁栄と幸福を、
 友好的かつ協力的に追求する揚足も、たっぷりと結んだ。

 しかし、日米友好の陰には、人知れぬ側面がある。
 表社会とは遊離した層を成し、それ自体が複雑 にからみあう、
 あやしげな集団の世界だ。
 暴力団、インチキ実業家、高級売春婦、
 いかがわしいスポーツ興行主、街のごろつき、
 秘密諜報員、 政治フィクサー、相場師……。
 こうした輩は、彼らなりに日米関係に大きな影響を及ぼしてきた。
 尊敬すべき上品な人々のそれと 比べても、
 貢献度はまさるとも劣らない。

 しかも特筆すべきは、
 前者と後者の境界線が、かならずしも明確でないことだ。
  暗い、混沌としたこの世界には、
 じつにさまざまな名称が与えられている
 「アングラ経済」 「隠された帝国」「影の政界」「ヤミ社会」……。
 本著の舞台となった東京では、
 「トウキョウ・アンダ ーワールド」という呼び名も、よく耳にする。
  暗黒街で、アメリカ人と日本人は、
 じつに抜け目なくたがいを利用し、
 食いものにし、ののしりあ ってきた。

 ところが、彼らのユニークな奮戦記は、
 ほとんど歴史にしるされていないのが現状だ。
 この活発な”日米交流”は、
 じつにさまざまな副産物を産み出している。
 過去に例のない「戦後ヤミ市」。
 アメリカ政府の対日政策をくつがえした、ウォール街の陰謀集団。
 盲目的愛国主義に根ざした過激なプロレスブームを、
 政界のドンと結託して奨励したヤミ社会の親分…
 『東京アンダーワールド』は六本木という街がかつて持っていた、
 素晴らしく得体(えたい)の知れない魅力を描き出す。
 やっぱりおもしろいのは悪者だ。

 【内容】
 東京のマフィア・ボスと呼ばれ、
 夜の六本木を支配した男ニコラ・ザペッティ。
 東京のヤミ社会、日本の暗部と深くかかわったこの男は、
 マフィア牛耳るイースト・ハーレムに産まれ、
 ボロもうけをもくろみGIとして東京に上陸した。
 つぎつぎと闇のベンチャーで成功するニコラのもとには、
 ありとあらゆる人種が集まった…
 政治家、ヤクザ、プロレスラー、
 高級娼婦、諜報部員…謎めいた力道山の死、
 ロッキード事件の裏舞台、そして経済ヤクザの暗躍―奇想天外、
 波瀾万丈のニコラの生涯が明らかにする、日本のアンダーワールド。

 ホワイティング,ロバート(57)
 Whiting,Robert
 ジャーナリスト
 1942年10月21日ニュージャージー生まれ
 カリフォルニア州立大学卒業;’72年上智大学国際学部卒業

 【経歴】
 1967年以来おおむね日本での暮らしをつづける。
 大学の卒論が「自民党派閥の分析」。
 米国では日本紹介のジャーナリストとして知られ、
 著書「菊とバット」は来日するプロ野球外人選手たちの
 
必読書になっているという。
 89年刊行の「You Gotta Have Wa(和をもって日本となす)」は
 アメリカでベストセラーになり、ピュリッツァー賞にノミネートされた。
 ほかの著書に「ニッポン野球は永久に不滅です」
 「ガイジン力士物語―小錦と高見山」「日米野球摩擦」
 「ベースボール・ジャンキー」「TOKYOジャンキー」。

 
 『紙のプロレス30』編集部の坂井ノブくんが、届けてくれる。

 

 この号では、オレも、いろいろ仕掛けていた
 「シュート活字」の紹介が…。
 それでも、この号のなかでも、シュート活字を
 説明する引きあいに鉄人・ルー・テーズが取り上げられ、
 「べらべらとなんでもしゃべりまくる
  ケーフェイやぶりのオヤジとして有名なのである」
 ってな、記述には、げんなりしてしまう。
 一部の事実を指摘するための、言葉の綾ではあろうが、
 書き手にも、読者にも、
 あのルー・テーズが軽い、薄っぺらな男にされてしまうところに、
 どうしても抵抗があるのだ。
 
 関心がある人、反感がある人は、オレが
「凄玉」の原稿に書いた
 
シュート活字についてもう一度読んで欲しい。

 
「プロレスの中には様々な真実はあるけどたった一つの事実はない」
 って言葉があるようにシュート活字には
 たった一つの事実を旗印にした独善的な、
 暴論が含まれる危険性もあるからね。
 だからこそ、俺は従来のファンタジー型の「活字プロレス」と
 「シュート活字」は両輪であるべきだと思うけどね。

 
この原稿を書いた森下さんは、
 そういうことが良くわかっている人ではあるのだが、
 それを読む人は、そのレベルではない。
 むしろ歪んだシュート活字信望者を生むことになる。

 
と言う意味でも、シュート活字を読んだ途端に、
 陥る傾向として、自分こそが、真理を知る、真実の語り部で、
 謎解きの答案者になったつもりになるのは、
 いかがなものか?

 シュート活字がメディア・リテラシー(分別方)を
 鍛える方法論であることに確信を持つことはオレはできる。

 シュート活字で問題なのは、
 例えば、ルー・テーズを語るために、
 ルー・テーズの自伝は、正確に訳されていない〜
 ことが事実であるなら、そのことだけを伝えるべきであり、
 ルー・テーズのピカピカの伝説を守ろう(守りたい)と意図して、
 その方法を選択した、著者である、
 流智美を笑い飛ばすような言説の必要はないのではないか?
 

 田中正志レベルの人はむしろ、
 プロレス雑誌レベルのお仕事ではなく、
 今ある、保留すべき事実を寝かして、
 資料を綿密に当たり、
 もっともっと個別な取材を綿密にして、時間をかけて、
 ロバート・ホワイティングのような、
 比較文化論の名著レベルで勝負すべきなのかも。
 また、そういう編集者が現れるのが一番良いことだと
 思っているのだけど…
   

. 8月24日  木曜

 「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
 コンディショニング。久々のベンチプレスも。
 中華料理人・ヤンさんと久々に遭遇。

 夕方、アンディ・フグの訃報が駆け巡る。
 あまりの突然さに、デマかと思う。
 つぶやきシロー死亡説のような実感しかわかない。
 サダハルンバ谷川さんからTELあり、逝去確認。

 事務所、SRSアンディの訃報にコメント。

 23時よりTBS『北野誠の世紀の雑談、パート31』ゲスト出演
 2時間、まさに雑談。
 素の自分で喋っている。

 そのままTBSにて明日の打合わせ。

 帰宅後、東スポ原稿書き。
 明日のツービート再現ネタ書き。
 『エクスプレス』ネタ出し。
 これは、さすがに、処理能力を越えてる。
 頭から、プスプスと煙が出ているのがわかる。

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8月25日  金曜

 完全徹夜、TBS『エクスプレス』生出演。
 ○ サザンオールスターズ茅ケ崎コンサート
 ○ たけし軍団VSキューバ代表野球対決
 ○ 西田ひかる、お誕生日会
 ○ 嘘つき!大仁田厚、中継
 ○ 叶美香&アンナ&石田ゆり子
 ○ 石田純一、税金分納

 そのまま、砧レモンスタジオへ移動。
 『たけしの誰でもピカソSP』
 「秋のスペシャル・20世紀の名人芸」
 我々の役目は、ツービートの再現。
 いやはや、しょっぱかった。
 もっとネタ、ちゃんと練習すれば良かった…。
 が、終わったことは水に流そう。
 修業とは出直しの連続である。

 殿・ジュニア、篤くんからTEL。
 なんと、ロスで開催されたヒクソン・グレイシー杯で、
 4位に入賞とのこと。
 これは、アツシー柔術旗揚げすべきではないかと提案。


 
8月26日  土曜

 14時、お台場・ジョイポリス入り
 我々が連載している雑誌『アスキーネットJ』の
 you got@mailという企画のイベント司会。
 チャットで知りあった連中の合コンの仕切り。
 こんなのやらせれば、お手の物だ。

 ジョイポリス内のセガの『net@』という情報端末がスゴイ。
 もはや、テレビ電話時代到来しているのだな。
 

 16時終了、「スネーク・ピット・ジャパン(蛇の穴)」
 の夏合宿に差し入れを持ち込むために、
 そのまま、お台場から高速、中央道に乗り、
 河口湖まで130kmの長旅。

 昔のサザンをかけながら、ロング・ドライブ。
 18時半、河口湖『ハートブレイク・ホテル』着、
 夕刻の河口湖の風情が素晴らしく、2泊3日の合宿だったのだが、
 最初から来てれば良かったって思った。
 
 料理長・宮戸さんの作った『特製UWFちゃんこ』を御馳走になる。
 参加者27名分のちゃんこ作り(他3品も)の指揮を
 一人でとる宮戸さんは1時間以上厨房で格闘していた。

 みんなで、食事。

 そのまま食堂で、ビル・ロビンソン先生を囲む会に。

プロレスファンは皆一問一答。

・最強レスラーは誰か?
(ビリー・ジョイス)
・過去に闘った中で、日本人最強は誰か?
(パワーで豊登、テクニックで猪木)
・レスラー同士が喧嘩することはあるのか?
(1967年・米国、ゴッチが控室で大勢のレスラーから
リンチに会いそうになったが、ピストルを持って威嚇、
後からやって来た一人のレスラーの援護を得たゴッチは
ピストルを捨てて、素手で渡り合った。
俗に言う、ゴッチ米国追放事件の真相一一)
・レスリングとボクシングの技術を備えた最高のファイターは?
(1930年代に活躍した、ボール・ボーロンバック)
・今まで闘った最長試合時間は?
(1964年にインドで2時間27分の試合をした)
・グレイシー柔術について、どう思うか?
(15〜6年前、グレイシー柔術と対戦する予定(後に中止)の
キックボクサーが、他流試合のデモンストレーションとして
道場破りに来た。もちろん返り討ち)
・桜庭ー田村、もし闘わば?
(10回対戦したら7−3で桜庭が優勢)
・ベストの桜庭とベストの猪木、もし闘わば?
(なんと猪木が優勢!!)
・ヒクソンと桜庭、もし闘わば?
(10回対戦したら、6−4でヒクソンだが、
将来的には8−2で桜庭が上回るだろう)

もちろん、完全な事実を検証しているのではない。
世界を駆け巡った、本当に強い男の
めくるめくお伽話を、我々はうっとりと、
聞いているのだ。

そして…
カール・ゴッチと初めてのスパーリング
したときの話だ。

  1954年、英国・ウィガン一一。
  政治家や地元の有力者が集まる催しの中で、
  ヘルシンキ五輪で銀メダルの引っさげ、
  ドイツからやってきたゴッチ(当時27歳)が
  その実力を披露することになった。
  その相手をする予定だった蛇の穴の4人のレスラーが
  ゴッチの実力に怖れをなして現れなかったため、
  急きょ、ロビンソン(当時15歳)が、
  ゴッチとスパーリングをする事になった。
  年齢・体重差を無視したスパーは、延々延々2時間続いた。
  ボコボコにされてしまうロビンソン少年。
  地元の政治家達に交じって、
  ロビンソン少年の父親も、そこで見ているのに‥‥ 

  そこまで話すと、
  ロビンソン先生はおもむろに眼鏡を外して、
  涙でいっぱいになった目を軽くこすった。

  そして、強く息を吐いた後、
  「ソーリー、思い出してしまってね‥‥」
  


  極められても、極められても、何度も、何度も、
  ゴッチに向かっていったロビンソン少年は、
  その後、2週間は仕事が出来ない身体になってしまった。

  後日、蛇の穴のビリー・ジョイスともスパーリングしたゴッチは、
  ジョイスにろくに触れることもできず
  おもちゃの様にされてしまうのだった。
  それにゴッチは衝撃を受け、蛇の穴への入門を決意した。
  
 本当に素敵なお伽話。
 そして、少年時代を思いだした、ロビンソンの涙…。

 結局、22時〜深夜3時半まで。
 ロビンソン先生のペース(缶ビールを30本以上は空けていた)に
 つられて、すっかり飲み過ぎてしまった。

 明日、昼から生放送があるため泊まらずに東京へ。
 朝6時着。

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