12月26日  火曜
 
 12時、大塚『大塚歯科美容外科』にて歯の治療。

 NYより、ネット友人来宅。
 こういうHPをやっているから、
 毎日、大量の見ず知らずの方からのメールは読むのだが、
 そのなかでも、この人のメールは飛び抜けてオモロだった。
 ミュージシャンのモーマスの彼女。
 音楽に疎い俺は、モーマスって知らなかったが、
 スズキが知っていたので、有名なのだろう。
 初対面なのだが旧知のようだった。

 18時半、タイ料理「BAAN ESAN」へ。
 空心菜のガーリック炒め美味し。
 朝までトーク。
 それでも、眠らず朝から原稿お仕事。

 12月27日  水曜

 スズキが東京駅へ送り。

 俺はお疲れモードではあるが、年賀状書き。
 350枚。腱鞘炎になる。

 雑誌『Free & Easy』。
 「凶暴に生きてみませんか」殿インタビュー。
 オモロ。

 たけし映画に関しての、言説で、
 もっとも監督たけしの言葉を引きだしているのは、
 ロッキン・オンの渋谷陽一氏ではあるのは、間違いないのだが、
 最近は、どうも、渋谷氏の持論の誘導が多すぎる。
 (多弁しない殿の言葉を、渋谷氏の言葉が過剰に補い過ぎている)
 と思っていたのだが、
 この雑誌のインタビューの内容はとても、興味深い。

 「全ての男は、北野武に敗北するしかない、
  北野武なんて大嫌いだ」と言いながら、
 「俺は、武の前で、ワン・オブ・ゼムは嫌だ」と、
 インタビューではなく対等の対談にしようと、意地を張ることを明かす、
 小野里編集長もオモロ。

 対談と言えば、『対談の7人』
 爆笑問題の本であるが、この人選は、
 ○ なぎら健壱 ○ 立川談志 ○ 淀川長治 ○ 小林信彦
 ○ 橋本治   ○ 山田洋次 ○ ジョン・アーヴィング
 素直に羨ましい。

 夜、忘年会帰りの、ロマンポルシェら一行が酔っぱらって来宅。


 12月28日  木曜

 朝9時半、渋谷ビデオスタジオ入り、
 『チャンネル北野』浅草スポーツ・コーナー2本収録。
 マキタスポーツは二日酔い出演。
 相変らずだなぁと思ってしまう。

 作家の竹内くん(バーナル竹内)の
 キックボクシング・デビューの様子。
 「世界の北野」でも放送になるそうだ。
 楽屋で、BSフジ、佐藤ディレクターと打合わせ。


 六本木スタジオ、ダイヤンモンド社、
 『エグゼクティブ』表紙撮影&インタビュー取材。 
 スタジオ借りて、 スタイリストさんに洋服を着せてもらって、
 メークまでしていただいて、まるでスターのようだ。
 グラビアクイーンとかの仕事って、
 毎日が、女王様なんだろうな。

 佐々木桂氏がインタビュアー。
 「その男凶暴につき」のメーキング本、
 『監督・たけし』の著者、10年ぶりの再会。楽し。

 紀尾井町、文藝春秋社に移動。
 献本打ち合わせ。
 1月にダンカンさんと合同サイン会、開催の予定に。
 

 12月29日  金曜

 徹夜、早朝、TBS入り、
 『エクスプレス』生放送出演。
 ○ 石坂浩二・夫婦で離婚会見、新庄・沖縄で挙式
 ○ 十勝花子・退院会見、サッチー・正月はハワイで、 
 ○ 今年一番の困った人々『エクスプレス・スミマセン大賞!』
 ○ ジュディ・オング・バイクと接触事故 等にコメント。

 エクスプレス年間打ち上げ。
 高田プロデューサーと一緒に3人で漫才のように挨拶。

 夜、『オール・アバウト・マイ・マザー』ビデオで。

 デヴィ夫人についての資料読み。

 テレビや、本人の自伝だけでは、一方的なイメージしかないのだが…。
 知らなかったことがたくさんある。
 彼女の歴史を遡ぼるだけで、
 日本戦後史が浮かび上がる。
 個の強い、したたかな人生はやはり興味深い。
 ま、別にそのことで、本人と話すこともなければ、
 俺がことさらにテレビで語ることもないのだが‥‥。
 ただ、先入観はなくなる。
 心情的には、味方になるね。


 12月30日  土曜

 よく寝た。8時間寝たのは久しぶりだ。
 それだけでも、なんだか偉業をなしとげた気分になる。

 起床後も、今日の仕事を思うと、そわそわどきどき胸騒ぎ。
 21時、TBS・ACTシアター入り。 

 38時間テレビ『SAMBA・TV』の生出演。
 「ここがヘンだよ宇宙人!デヴィ夫人スペシャル」
 コーナー司会。
 高田さん、熊谷さんがユンケルの差し入れしてくださる。
 打合わせで、生放送のあらゆる事態の想定を。
 不測の事態を想定すればするほど、ますます武者震いがする。

 23時半過ぎ、放送開始
 「デヴィ夫人 vs 外国人100人」バトルトークの仕切り。
 そのまんま東さん、大竹さん、
 デーブ・スペクター、薬丸さんがゲスト。

 1vs100のディベート、
 予想としては、長野県議会の田中知事状態、
 孤立無援、魔女裁判、東京裁判状態だとか、思っていたのだが、
 意外にも、デヴィ夫人は外国人に人気があった。
 考えてみれば、異国で暮らし、しかも異国の言葉で討論する、
 彼ら、彼女たちにデヴィ夫人へのシンパシーがあるのは、
 当然かもしれない。
 1時間では、短かすぎる…。
 そのまんま東vsデヴィ夫人、
 東ティモールvsインドネシアの対決を見たかった。

 ヤッくんとは、初めて共演した。
 このところ、タキシードがお似合いの大物芸能人化していく
 ヤッくんである。
 凄いことだ。
 まさか、この位置を誰が予想したであろうか。
 まさに、ジタバタしているうちに世紀末が来た。
 ヤッくんに対し、俺には、個人的な偏見があった。
 20年近い、昔。
 俺が、テレビ東京で、ビデオの区分けのバイトをしていた時、
 シブがき隊が3人で隠れんぼをしていて、俺たちの部屋に入ってきた。
 仕事をしている俺に「どけよ!」とか言われて、ムッ…とした
 そのイメージがいまだに続いて、テレビを見ていたのだが、
 ヤッくんの、舞台裏でも紳士的で礼儀正しい態度に見直す。
 スマン。
 
 そのままTBSに居残り、早朝4時半から
 『知られざる珍・日本百景』コーナーの司会。

 みうらじゅんさんの著書「とんまつりJAPAN」のテレビバージョン。
 「なんで、みうらさん呼ばないんですか?」ってスタッフに聞いたら、
 「みうらさんに早起き出来ないから、断られた…」って。
 山本晋也監督、杉作J太郎、伊藤克信さんと。
 リハーサルもなく、ただ突発的に始まったのだが、
 早朝まで、御神体、珍宝を見せまくり、
 スタジオで佐渡の「つぶろさし」が下半身丸だしで踊り狂う。
 その間、杉作さんは笑い転げる。
 あまりにもシュール過ぎる番組だった。楽し。


 12月31日  日曜
 
 「おせちを用意しとけよ!」とスズキに言い残し、 
 事務所のハイエースに乗り込み、
 富士急ハイランド・カウントダウンイベントへ。
 これで、3年連続、年越しは、富士の麓で過ごしている。

 毎年、干支のかぶりものを用意してくれるのだが、
 今年は、何故だか、ブルースブラザーズの衣裳だった。
 赤江くんと競って、防寒着膨れに身を固めたのだが…
 今年は思いのほか、暖かかった。
 一緒に出演するレースクイーンが、
 これ以上はないだろうって言うくらいの不機嫌な顔で挨拶に来たので、
 ムッとしていたら、
 彼女らは、ステージを水着で過ごすハメになっていたのだ。
 そりゃあ、不機嫌にもなるだろう。納得。

 終了後、
 例年になく暴走族の取り締まりが強化された中央高速を引き返し、
 北野武邸、新年会に顔だけ出す。
 地下室に30人は人が居ただろう。
 皆、酔っぱらっていて、それはもう、まるで竜宮城だった。

 2時、赤坂ブリッツ入り。
 さっきまで、レコード大賞やら、
 浜崎あゆみのコンサートやらをやっていた会場とは思えぬ、
 静まり返った、だだ広いだけの空間。
 しかし、本番1時間前になっても、
 ディレクターやスタッフが来ない。

 本当に、番組が始まるのか?
 38時間の生放送のしわ寄せはこのあたりにあるのかも…。
 人や組織の体力の限界までいっているような気が…。

 朝4時から、『SAMBA・TV』〜「迎春・21世紀の主張」生司会。
 18人の各界の先生、フリーター、芸人たちによる「政見放送」。
 鳥肌実の生出演は、俺とて心配になる。

 生放送の仕切り役としては、
 準備がないことは、本当に残念ではあるが、
 ある意味、印象深い番組であった。

 毎年、この時期は、ザ・芸能界とでも言うべき、
 華やかな特番ラッシュであり、そこに馴染めぬ俺たちだが、
 今年は、奇人変人・元大統領夫人にまで囲まれて、生放送ラッシュ。
 俺たちらしい、年またぎになった。

 タクシーで急いで帰宅。

 スズキが料理した黒豆とコンビニのおせちが、待っていた。

 スカパーで放送になった、
 大阪ドームの猪木祭りのビデオに釘付け。

 ターザン山本が解説席に。
 感慨深い。
 災難続きで無一文になったターザンではあったが、
 20世紀の終わりにターザン、ちゃんと、いい席に座った。
 良かった、良かった…。

 教祖様の姿に、笑い泣く。笑い泣く。笑い泣く。
 ♪なんでこんなに可愛いのかよ、アゴという名の宝物…。

 108人乱れ打ち煩悩闘魂注入ビンタ。
 年越しに108人の信者にビンタを入れる儀式。
 本来なら、ここに俺たちは居るはずだったのだ…。
 ああ、ビンタされたい。
 もはやシャクティーパットを笑っていられないな。

 いやはや、全ての煩悩、迷いが「どうってことねぇですよ!」と、
 チャラになる。

 ビデオを見終えて、我に返って、テレビに変えると、
 日本テレビ「新世紀あっぱれテレビ」では、
 闘魂ビンタマラソンが放送されていた。
 「元気ですか!」と叫び、
 猪木はもう新世紀を賭けていた。
 
 20世紀が終わり、21世紀が始まった。

 
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