8月1日  水曜

11時45分、渋谷 ON AIR EASTヘ。
TBS「クローンキッド」特別企画『キッド祭り』
これまでの番組のあおりが、
今ひとつ、手ごたえがなかっただけに、
果たして、 お客さんが入るのかしらんと心配になる。

ゲストに、ガッツ石松さん、加納典明さん、
鶴久政治さん、サンプラザ中野さん、三原じゅん子さん、
江頭2:50。

江頭ちゃん、楽屋で、

「今日は、裸なしだから」
「客前のオナニーも絶対ダメ」
「肛門も、うんこもダメだから」
などと、一つ一つ、ダメだし。
しかし、テレビの収録でこんなこと、釘刺される奴も珍しいだろう。

定刻、なんと500名が埋まり、立ち見が出る、盛況。
まずは、一安心。

なにわキッド、初お披露目ライブ。
『ガッツだぴょん』を歌う。

緊急シンポジウム、
これからのアイドル像。
三原じゅん子ゲスト、江頭2:50が途中、乱入。

二代目デストロイ子引退式。
及び、三代目デストロイ子襲名オーディション。
全員、動物マスクをつけての水着オーディションだが、
マニアックな画、これが思いのほか、なかなかオモロ。

デストロイ子が覆面を脱きさる瞬間も、なかなかのもの。

なにわキッド、最後の関門、一輪車に挑戦、

俺たちは、準備もなく、現場処理で、ただこなしているだけなのだが、
彼女らにとっては、初体験、一大事、
全ての表情、態度が けなげに見える。

最後に「大好きな浅草キッドさんに感謝します」
なんて言われるとウルっとなる。

帰途、こうじんクリニックで点滴。

19時、紙のプロレス編集部へ。
山口日昇編集長と雑談。

ビヨンド・ザ・マット」ビデオで。
この映画の日本公開に向けて、このHPで何度か取り上げてきた。

が、8月11日からシネマライズにて、ついに一般 公開。

今まで英語バージョンしか見ていなかったが、
日本語字幕バージョンを。
釘付け、激オモロだ。

パンフレットの町山氏の文章も素晴らしい。


 
「めまいがするほどリアルだ」
『ビヨンド・ザ・マット』は、ピューリッツァー賞を受賞した
米国で最も権威のある映画評論家 ロジャー・エバートから、
そう絶賛された傑作である。

しかし、映画の取材に協力したプロレス団体、
WWF(ワールド・レスリング・フェデレーション)は怒った。
『ビヨンド・ザ・マット』のTVCMは
WWFの試合中継の スポットで放送される予定だったが、
WWFはテレビ局のUPNとUSAネットワークに圧力をかけて、
CMの放送を中止させた。

さらに、WWFのレスラーに
『ビヨンド〜』について、一言もコメントするなど緘口令をしき、
さらに、今後はWWFのチェックなしでは、
たとえ非営利のファンサイトの取材すらも
一切許可しないという方針を発表した。

だからWWFのレスラーの
Beyond the Mat(リングの外での素顔)が観られるのは、
この映画が最後かもしれない。

『ビヨンド〜』が、プロレスの勝敗はフィクス(決められている)で、
負ける方はジョブ(お仕事)で、
アングル(遺恨)は作られたものだという「タブー」を、
すべて白日の下にさらしてしまったせいか? 
いや、それは問題ではない。
同じ99年に、WWFは「エンターテインメント」宣言をして、
自ら「プロレスはショー」だと認めてしまったから。

「そんなことは誰でも前から知っていた」と
ロジャー・エバートも言う。
彼はプロレスを軽蔑するインテリの一人だったが、
「『ビヨンド〜』を観て初めて知った。
プロレスは本当の闘いだったのだ」と衝撃を受けた。
レスラー達が本当に傷つき、血を流していたからだ。
体と心の両方から。

そして、それこそがWWFにとって問題だったのだ。
『ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合』などの
エディ・マーフィ主演映画の脚本家の ハリー・W・ブラウスティンが
このドキュメンタリーの製作にかかったのは94年。
長年のプロレス・マニアであるブラウスティンも、
プロレスがショーにすぎないことを承知していた。

彼が知りたかったのは
「プロレスラーとは本当はどういう人間なのか」である。
というのも、
レスラーはリングの中では決められたキャラクターを演じているからだ。

そして彼らの素顔を求める旅が始まった。
最初はプロレス団体から取材許可を得ること。
WCWに無下に断られたブラウスティンは一年半もの間、
WWFに通いつめ、ついに社内や舞台裏を撮影することを許された。

撮影中、WWFの社長ビンス・マクマホンは、何度もブラウスティンに
「その映画、製作費に困っているようだが、ウチが出資してやろうか」
と誘いをかけてきたが、ブラウスティンは断った。
WWFにとって都合のいい映画にされたくなかったからだ。

たとえば、『ビヨンド・ザ・マット』でブラウスティンは、
90年代初めにWWFのスターの座から転げ落ちた
ジェイク・ロバーツの現在を追う。
彼は女とクスリに溺れ、仕事と家族を失った。
「レスラーがセックスとドラッグに逃避するのは、
 リング上でイカしたキャラクターを演じているうちに、
 素の自分を忘れてしまって心の休まるときがなくなるからだ」
とブラウスティンは言う。
 
彼は、落ちぶれてもスターを演じ続けるロバーツと共に、
ドサ回りに同行する。
そして、とうとうロバーツが堰を切ったように、
後悔と悲しみの姿をカメラに収める。
それはレーザー光線と花火できらびやかに飾られた
WWFにとって見せたくもない現実だろう。

マクマホンが特に難色を示したのは、
クライマックスのミック・フォーリー対ザ・ロックの試合だ。
ブラウスティンのカメラが映すのはリングではなく、
観客席の彼の妻と子だ。

手錠をかけられ、パイプ椅子で滅多打ちにされる父親を見て、
幼い息子と娘は狂ったように泣き叫ぶ。
試合後、控え室で頭の裂け目を縫合されるミックに、
マクマホンは冷酷に「これがショービジネスってやつだ」と言い放つ。

しかし「明るく楽しいエンターテインメント」というには
あまりにも凄惨すぎないか? 
ブラウスティンは、ミックの試合を観て号泣する娘のビデオを
彼に見せたことを今も少し後悔している。
「『ビヨンド〜』が原因だとは思いたくないが、
 ミックはその一年後に引退した」

マクマホンは、自分が作り上げたイメージとは
違う視点でプロレスを描いた『ビヨンド〜』を許せなかった。
彼の妨害工作は、
オーソン・ウェルズが新聞王ランドルフ・ハーストを描いた
『市民ケーン』('41)の公開が、ハースト帝国のメディア戦略で
徹底的に邪魔された事件に似ているが、
ブラウスティンはマクマホンを怨んでいない。
「彼もレスラー病の犠牲者だよ。
 長い間リングで卑劣漢を演じているうちに本当にそうなったのさ」

実際、『ビヨンド〜』を観るとマクマホンを憎めなくなる。
なぜならミックが手当てされている横でニコニコしている
マクマホン自身の頭も誰かに割られて血を噴いているのだから。

『ビヨンド〜』は闇も裏も何もかも見せてしまいながら、
なおかつ素朴な、プロレス本来の驚愕と感動で観客を揺さぶる。
「レスラー(マクマホンを含む)って、
 なんて異常で、なんて凄い奴らなんだ!」と。
    
             『映画秘宝』編集参謀  町山 智浩

いかにも、マニアによる、マニアのための
業界内幕物に見られそうだが、
そんなことはない。
夏映画、話題作が目白押しであるが、
出口調査でもあれば、
まず、一番の満足感、高得点ではないだろうか。

「千と千尋」が「トンネルの向こうは不思議の町でした」であれば
マットの向こうもまた、怪物、もののけだらけの、不思議の町である。

そしてそれは、"アダルトディズニー"とも言われる、
巨大なエンターテイメントビジネスの現場でもある。
そのなかで、“スタントマンのメロドロマ”を演じ、
もう一つの人生を生きるレスラーの不可思議な生態には、
プロレスファンでなくても、
誰しもが、 引き込まれるはずだ。

 

8月2日   木曜

スネークピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
どうも、体調優れず、体重くて、柔軟だけ。

どうやら風邪っぴき。

大塚美容歯科へ。
中野丸井で、買い物。
よっ!8月。
誕生月だ。丸井に行けば、5%割引だ

夏、毎年恒例の「おさまりつかんです隊」発病。
アル北郷と共に遠征だが、風邪悪化。
引き返す。

 

8月3日  金曜

府中、免許センターへ。
3年ぶりの免許更新、
かつて、書類送検までされた、不正免許事件の当事者だから、
かつては、ここにも変装して頻繁に通ったものだが、
最近は、すっかり、御無沙汰だ。

しかし、今回、2時間講習受けねばならない。
若い頃なら、この2時間が苦痛であったろうが、
今は平気だ。
今なお、年間1万人も死亡する殺人マシーンに対する、
傾向と対策をきっちり勉強もしてみたい。

理論的に、事故の要因、ベストな安全運転術など、学ぶべきだし、
また、個人的にはそういう本も、
BOOK OFFで実際よく買っているくらいなのだ。
そういう意味では興味津々。


ところが……。
授業係官の授業の喋りが下手なこと。
下手なバスガイドに当たった乗客みたいなものだ。
しかも、2時間を埋めるためなのか、
何を思ってか、質の悪いジョークを言う。

例えば、黒板に駐車場の絵を書いて、
1番から9番までの駐車位置を区切る。
「このなかで、停めてはならない場所はどこでしょう?」と質問して、
出席者に答えさせる。
そして、答えは、9番。
で、「車は急(9)に止まれない」なんてことを平気で言う。

まったく、受けないどころか、白けきった教室、
「これは家に帰って、家族の皆さんにも出してあげてもいいですよ」、
と来たもんだ。
バカにするのも、いい加減にしろ。
老若男女、いい大人が、強制的にしぶしぶ授業を受けているのだ。

もう、こうなったら、
あの交通事故の加害者がいかに悲惨になるかを描いた、
恐ろしげなビデオをじっくり見たいと思っていたら、
その「殺意なき殺人」ビデオも急に、途中やめ、
その理由も、
係官がビデオのスイッチを間違えて、ビデオ1を押したためだけなのに、
巻き戻して、上映すれば良いものを、
機械オンチのため、こんなに単純なことが直らないのだ……。

2時間、しらけっぱなし、がっくり。
ほんとうに、こういう強制的な教育時間をもっと有用に使ったら、
ドライバーの意識は変わり、事故なんて減るに決まっているのに。

半日つぶして、こういう理不尽な光景に会うと、
公務員ってホント、ダメだって思ってしまう。

 

18時、六本木、高田文夫事務所へ、
夏のご挨拶。
そのまま、高田先生を迎えて、
昨年と同じメンバーで、日比谷野音、第三回鳥肌実演説会へ。
高田先生、そのまんま東さん、乾さん。
そして松尾スズキさん誘ったが、地方公演であった。

3千人の動員。立ち見もあり。
だが、ビデオ上映も余計な装飾もなく、演説一本で勝負。
しかしながら、何度か立ち往生、ネタが飛ぶ。構成も破綻。

俺は、演じる側だから、客席の期待のインフレも困ったもんだし、
台詞のミスなど、「たいしたことない〜」「毎回面白いと思うな!」
とかばいたい気持ちにはなるが、
抜群にオモロな箇所、多々あるだけに、
それすら、相殺されるのは、もったいないな。

昨年と同じビアホールで打ち上げ、
そのまんま東さんと先生、
落語と文学の言文一致運動について、
熱き論議。

一瞬の夏、裸でエアコン、風邪悪化。




8月4日 土曜

六本木、D−COMPLEXへ。
体が熱っぽい。
「SRS」のミニコーナー、
格闘バリアフリー。2本収録。
フジテレビヴィジュアルクイーンの浅見れいなと一緒。

事務所、
TX『火の玉スポーツ列伝』
猪木王ロケ 打ち合わせ。

体調、さらに悪化、
耐え切れなくなって、富ヶ谷、こーじんクリニックへ。
やっとの思いで辿り着く。
38度7分、体温計を見て、さらに悪化、
たぶん、9度台にのったね。
2時間、点滴。
完全に失神。
急患にも関わらず、手厚い看護ぶりに感激、
自分が弱っていると、些細なことまで、ありがたい。

20時、BSフジ『お台場トレンド市場』3時間生放送、
本番前までフラフラ、
周囲に「大丈夫ですか」と言われると「大丈夫じゃない」
「休みますか」と言われると、「むしろ死にたい」と答える。

越智先生の指示通り、頓服を飲んだら、
本番中に、どっと汗が出て、
シャツを3枚着替えて、熱が冷めて、
ようやくスタジオの 風景が目に馴染んでくる。
途中、熱が上がったり、下がったり。
もはや夢のなかで番組、やっていた。

帰宅したら、江頭2:50と高田文夫事務所の松田さんが、
俺の部屋にいた。
昨日、鳥肌のライブと同じ時間に、
ロフト・プラス・ワンでトークショーをやっていたのだ。
赤江くん(玉袋)いわく、まるでKOKとPRIDEだ。


今まで、見ていなかった完売劇場のビデオ、
マキタスポーツおいしいじゃんなどと言いながら、
朝生のパロディー見る。

 

8月5日  日曜

15時、TBSラジオ、「伊集院光の日曜日の秘密基地」
「第19回、参議院選挙」について講義。
相変わらず、この番組、叩き台本も素晴らしで、
これならお手の物だ。

帰宅後、板橋ワーナーマイカルへ向かうが、
夏休みの日曜日と言うことでまたしても、売り切れ。
引き返す。

夜、またも発熱。
このまま、この夏風邪の"抵抗勢力"放っておくわけにはいかない。
断固、闘うことを決める。
それには、"聖域なき"改革、
"痛みを伴う"改革だ。
座薬を、聖域に、あえてスズキ(同居人)に差し込んでもらう。
「自分でやってくださいよ」と言われながら……

ジャコ入り溶き卵のおかゆ。

「日経エンタテインメント!」のタレント本批評を、
新しい教科書と、新ゴー宣10巻に。
1600字の字数制限に苦しみながら。
ここ数日何稿も書き直す。

小林よしのりについて、書くってことだけで、
誤解や面倒に巻き込まれることに腰が引ける部分が、
正直いってあるのだ。

さらに、書かなきゃいんじゃん〜って自分でも思う。

また、そういう論争が出来る、
知識や意識のある文化人でも、
そのリングに上がるべき、 レスラーでも俺はない。


俺のなかの趣旨としては、
リスクだらけのリングで、
あえて、 なりふりかまわず戦う選ばれし人に対して、
そのリングにはとても立てない、観客の客席からのエールである。

リング上で戦えない、小心者が、
レスラーを見下して、汚い野次で、試合を壊そうとする、
そういうのは、かっこ悪いことだ。


小林よしのりについて書かれた、文章で、
みうらじゅんが、「ゴーマニズムとは何か」に寄せた
文章が一番俺は好きだ。
まるで、普段のみうらじゅんじゃないような内容ながら、
この人は、男らしいなって思う。


採録しておくと。

 

誰だってカッコ良くなれるはず

                      みうらじゅん

"カッコイイ人が妬まれるのは当然だ"
そう言い切ってしまっていいのだろうか?
それは反対に、
"妬む人はカッコ悪い人に決まっている"
という事になってしまう。
カッコイイ人に成れないなら、うんと妬んでやる!
という考え方はあまりに淋しくないか?
誰しもカッコ良くなる権利は持っている。

それは自分をよく知ろうとする事、
何が一番、自分にふさわしい事か? 知ろうとする努力。
それが辛い努力であろうが、楽しい努力であろうが構わない。
カッコイイ人に成ろうとするなら、
そのままでいいと思ってる人以上に努力しなければならない。

不安なら聞いてみな? 
まわりの誰だっていい。自分をよく知ってくれてるって思う人に、
「オレって、カッコイイか?」
「私って、カッコイイかしら?」
と聞いてみな。
相手がお世辞を使ってるか、使ってないか、
それぐらいは分かるだろ、大人だもん。

「そんな事、カッコ悪くて聞けるかよ!」
と思ってる人は、カッコ悪いんだな。
人間って容姿じゃない事は分ってるよね?

でも悲しい事に顔ってヤツはそいつがモロに出てたりするわけで、
態度まで付けちちゃうし、
モロ出し、パンツを被ってた方がいい奴もいるよね。

小林よしのりさんの顔はカッコイイよ。
分ってんだろ? 本当はみんな。
でもさ、まだ勝負はついたって思いたくないのは分かる。
ひどい顔の奴だって、何かでカバー出来りゃいいんだもん。
それが才能ってヤツなんだよね。

世の中にはとんでもない顔してんだけビ、
女の子にモテてる人っているだろ?
「何んで?」
なんて子供みたいな事、言ってる場合じゃないたろ? 
それに気付かない自分を恥じるべきだな。

"もし神様がこの世にいるとしたら、それは女だ"
ボブ・ディランも言ってるよ。
カッコイイ人が妬まれるってのは、いつだって同性だもん。
「あいつ調子こきやがって、女にモテてやがるんだろ−な、
ちくしょう!!」
小林よしのりさんがモテるのは当然じゃないか!
だってハンサムな上に、カッコイイ仕事してんだもん。
認めようよ、もう。
嫉妬するパワーがあるのなら、自分にふさわしい事に使おうよ。

「小林よしのりに一番おもしろい漫画、描かせてやったわけでしょ」
永尾カルビは、深夜のバカ番組"TOUCH ME"の楽屋で、ボクに言った。
ボクは女装姿で、これからスタジオで大暴れしてやろうと思っていた。
ボクがこの番組に最終回、出演したのは理由があった。
永尾カルビに、
「カッコ悪いぞ、あんた」
と注意をしてあげようと思ったからだ。

カッコ悪い人が、カッコイイ人に向って何か言う時、
相当な覚悟がいるぞって。
永尾カルビにしたら、大きなお世話と思うが、
カッコ悪さが目に余ったからだ。
小林よしのりさんはもっと大きな相手と闘う人だ。
教えてあげるのはボクで十分だ。

事実、小林さんに"ちんかす野郎"とまで書かれた永尾カルビは、
「オレ、ちんかす野郎だから」と、持ちネタを増やしていた。
おい! ちんかすって知ってるだろ? ちんぽの垢だぜ。
あんたを育てた親にどう説明するよ? なあ。
そんな事、言われるために生れてきたんじゃないだろ。

あの頃、確かに小林よしのりさんは叩き易かったかも知れん。
勇気をもって、自分の考えを言う人って
いつの時代もそういう目に会ってきた。
ジョン・レノンだって、そうだ。

ボクは永尾カルビの他の文章は知らない。
ひょっとして読むと、
自分のやるべき事を見つけている奴かも知れない。
もし、そうなら誰が見てもカッコ悪い事はやめようぜ。
本番前、会って喋ってみると根っからバカではない事ぐらい分かった。
バカなペンネームではあるが、
それなりに自分の看板出しでやってきた奴だろう。
ファンもいるから本も出してこれたんだろ?
それが何だ! "ちんかす野郎"と呼ばれてうれしいか?
それは批判したかった小林よしのりという人を
認め過ぎてるって思われちゃうぜ。
何だか愛に飢えて、振り向いてくれない親にやつ当りしてるみたいだ。

「今夜の打ち上げどうする?」
狭い楽屋で、
「私、打ち合せ2本とインタビューも入ってんのよね」
横森理香っていうの、
ちゃっきり娘の向って左みたいな顔した女が言った。
「聞いてねぇーよ!!」
ダウンタウン浜田でなくても、誰かツッ込めよ、その額に。
「オレも、この後、打ち合せでー」
おい! 永尾カルビ、あんたもボケてどーする。
結局、みんな行きたいんだろ? 大好きな業界人パーティだもんね。

「後ろからオレの乳、触れよ」
ボクは女装して、バストは90以上は軽くあったので
永尾カルビに指示した。
本番でメガネを飛ばしてやろうと思ってたからだ。
元・大阪人と聞いていたので、
メガネを飛ばされた時、どうするか? 見たかったのだ。
本番中、辰巳琢郎マスターのカウンターで、
背後からボクの乳を触る永尾カルビのメガネを取り上げた。
そして、勢いをつけて長く伸びるカウンターにメガネを滑らせた。
一瞬、沈黙があったが、
「ほら! "メガネ、メガネ"って捜しに行くんだよ!」
と、やすし・きよし全盛期のヤッさんギャグを命令した。
永尾カルビは一生懸命、手を交差させメガネを取りに行った。
アクションは今イチだったが、
怒らずやったところは関西人としてエライ!

「小林よしのり先生に謝りなさい!」
本番中、言ったが、単に奴にネタを振っただけの結果になってしまった。
その後、アシスタントの巨乳女を勢い余って泣かせてしまったが、
単なるとばっちりだと思って勘弁して欲しい。

永尾カルビとその後、少し喋ったが、
いじめられっ子特有のヘッチャラさは持ち合せていた。
カッコ良くなれるはずだぜ。

雑誌社、特に最近の若い編集者はなってないが、
そんな奴らの手先になるのはやめようぜ。
「小林よしのりさんについてどう思います?」
そんな原稿依頼があったら要注意だ。
それは今なら悪口を書いてくれ、と頼まれたも同然だ。
奴らは雑誌社の裏に隠れて、
「ヒヒヒ、話題になりゃ何でもいいんだよ。
 どーせ責任は書いた奴が被るんだからよー」
サラリーマンはいつだってズルイ。
書き手と編集者って何だか友達みたいにしてるけど、
奴らの中にこそ本当の敵がいる事を知るべきだ。

ボクもいろんなところで、
「あいつ育てたの、オレだから」
なんて言われてる(らしい)。
ボクを育てたのは親だけなのによー!
本当のプロの編集者を何人知ってるかで、作家は違う。
本当に作家がやるべき事を教えてくれ、
導いてくれる編集者、それがプロだ。
「こんな原稿載せたら、笑われてしまいますよ」
言われてみたいぜっ!
とりあえず載っけてしまえばこっちの勝ちなんて思ってる編集者は、
やめてしまえ!
ボクはたまに嫌になる事がある。

ま、ボクのコーマニズムはいいとして、問題は小林よしのりさんだ。
何が正義か、正論なのか? は理論が全くないボクには分らないが、
カッコイイ人がやる事だから、カッコイイに違いない。
ボクも何年か前までは永尾カルビのようにカッコ悪い時代があったが、
努力してカッコイイ人に近づきつつある。
「何の根拠で?」
と言われても、自分の事は自分が一番よく知っているので分かるのだ。

人間は30歳過ぎた辺りから、
心の旅に出る旅支度をしなければならない。
"愛に終りがあって心の旅が始まる♪"
チューリップもそう歌っている。
30歳ぐらいまでにいろんな経験、
それはどんなカッコ悪い事だって構わない。
それが旅支度に役立つのなら。

今の現状に満足している人も、
いずれその立場をキープしたくなる時、苦しみも生まれるというものだ。
外に向けて旅に出るのはもうおしまいだ。
内に、自分の心に向かって旅に出なければいけない。

"自分白身と闘ってる人ほど強いものはない。
外敵が入り込むスキはないよ♪"

ボブ・ディランは本当、いい事を言う。

"生きることは悲しいよ 生きることはさわぎだよ 
 やらなきゃなんないことをやるんだよ だからうまく出来るのさ♪"

みんな! 本当にディランはいい事を歌ってるよ。聞いてるかい?
小林よしのりさんのやらなきゃなんないことを批判して、どーする?
それはあんたらのやらなきゃなんないことなのか? 
もし、そうだとしたら悲しくないかい?
ボクは説教をしてるんだよ。
大きなお世話だと思うだろうが、みんなが平和で暮らしていけるには、
そういった人が一人でもいなくならないとダメだからさ。
迷惑はかけたくないし、かけられたくないだろ。
それが唯一、子供と大人の違いだもん。

小林よしのりさんが天才なのは仕方ないじゃない、
そうだもん認めようよ。
描いた事ない人には分んないかも知れないが、
大変な作業よ、漫画描くのって。
つまんない漫画だって大変なのに、
おもしろい漫画を描ける人ってのはスゴイわけ、それだけでも。
文章なんて、ホラ、ボクでも書けちゃうでしよ。

一度、小林よしのりさんが
テレビの討論番組に出てらっしゃるのを見たが、 物静かな人だった。
でも、妬む人はそこを"小心者"だとか言うんだろーが、
違う! 全く違う!!  人の意見も聞かず
「オレは! オレは!」
なんて主張してるテレビ向き野郎を誰が信じるか? 
小林よしのりさんはそれを一番得意な漫画で描いておられるわけだ。
いいじゃないか! それで。

本当、世間ってヤツはバカだぜ。
息の仕方を知ってるだけで奇跡だぜ!
人生に疑問を抱き、
そしてみんなが平和を望む時代はいつ来るのだろうね? 

最後に、ジョン・レノンの「イマジン」の歌詞を載せる事にする。
毎年、クリスマス・シーズンになるとこの日本でも流れてくる曲だが、
ダイレクトに英語が伝わらない事もあってか、
ジョンが言いたかった事の一つもこの日本では実践されていない。
ジョンも、たぶん死ぬまで小林よしのりさんのような人だったと思う。

 "天国なんかないと思ってごらん
 その気になればたやすいこと
 ぼくたちの足元に地獄はなく
 頭上にあるのは空だけ
 みんなが今日のために生きていると思ってごらん

 国なんかないと思ってごらん
 むずかしいことじゃない
 殺し合いのもともなくなり
 宗教もなくなり
 みんなが平和な人生を送っていると思ってごらん
 財産なんてないと思ってごらん
 君にできるかな

 欲張りや飢えの必要もなく人間はみな兄弟
 みんなが全世界を分ち合っていると思ってごらん

 人はぼくを空想家だと言うかも知れない
 けれどもそれはぼくひとりじゃない
 いつの日か君たちもぼくたちの仲間になって
 世界がひとつになったらいいと思う"

                    ジョンレノン

小林よりのり論序説〜『ゴーマニズムとは何か』
呉智英 編(出帆新社)より

博士の悪童日記<2001年8月上旬〜後編>へ

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