4月11日  水曜


6時起床。
2時間睡眠で、タクシーに乗り、
TBSに7時集合。
『第二週刊アサ(秘)ジャーナル』
「仲間とアウトドア遊び、世界のバーベキュー」ロケへ。

今まで個別に単独でロケに行っていたが、
今回は形式を変えて、M.C3人でロケへ。

外国人タレント、10人を集め、
6チームで世界のバーベキューを競い合う。

審査員は、グラビアアイドルの小林恵美、
そしてフードファイターの三宅智子。


TBSの『ここがヘンだよ日本人』以来の常連組みで、
カメラ馴れしている外国人たち。
江口ともみさんにとっては同窓会のよう。

サロンバスで、一路、朝霧高原へ。
いつも一人取材の時は、
朝からテンションを上げるのだが、今日は抑え目に。

なにしろ、持久戦になるロケの予感。

富士宮のスーパーで食材買出し。
まるで外国人窃盗団が根こそぎ奪ったかのよう。

『銭金』でも取り上げられることが決まり、
もはやテレビ界でも、
ロケ銀座になりつつある、『ハートランド・朝霧 (中島酪農場)』へ。

俺としても、今年、はや3度目の訪問だ。

生憎にも、景観を期待した富士山は、
雲に隠れたままなのが残念。
おまけに気温も冷え込み、体力が奪われる。

江口さんと俺が、司会進行、
焚き火を熾して、
次々と代表チームが料理しては試食を繰り返す。

その作業量からしても、 長丁場は確実だ。

トップバッター、アジアA代表(中国:ホウ&フィリピン:レイシェル)による、

バグース(魚)のホイル焼き、
干し納豆の串焼き、

続いて、日本代表の俺&玉袋のバーベキュー。
俺は前回ロケで好評だったダッチオーブンによるローストポーク。
東京X、小松菜、うどを使って。

ローストビーフに比べて、
ポークは、なかなか火加減が難しく、
じっくり火を通せば、見栄えに欠けるという結果、
出来映えは、やや不本意だったなぁ。

バーベキュー


赤江くん(玉袋)、簡易燻製キットを使って、
チーズ、沢庵、卵、サーモン、イカ、おにぎりなどの燻製。

続いて、審査員女子(小林恵美&三宅智子)による、
チョコレートフォンデュ。
中島監督も牛乳を持って登場。
味的には俺は甘みがわからないので……。

休憩を挟む。
牧場の中に併設のレストラン、
3月にオープンした『AUGURI』のハヤシライス、

外では焚火を囲んで中島監督、差し入れの猪肉を頂く。

合間、合間の外国人たちの話に、
興味深く聞き耳を立てる。

現在、外国人タレントの事務所の派閥抗争が進展中。

外国人グループには、
日本人のような年功序列の縦社会が見られない。
むしろ、誰でも自由に意見を言い合う横社会である。
それが、けたたましくもノイジーにも聞こえるが、
自分が異邦で自国語では無い言葉で、
自己主張することを考えれば、
なんと、彼らは、凄いバイタリティの持ち主だろう、
と実に興味深く思えるのだ。

撮影再開、
アフリカ代表(ガーナ:クレメント、ポップ)
バナナの地中焼き、ワニのチチンガ。

バナナに塩や七味を振りかけて味付けた、
地中焼きが、天然、ダッチオーブンとも言える、
料理方法で度肝を抜き、しかも、なかなか美味いのにビックリ。
二人の合間のパフォーマンスも楽しかった。

アジア代表Bチーム(バングラディッシュ:スミ、イラン:サイート)
チキンカレー、羊のカバブ。

カレー店を経営しているスミさんの
チキンカレーはサフランライスとの相性も良く絶品、プロの味。

しかし、俺、昨日から、いったい何杯、
カレーを食べ続けているのやら、と思うが完食。

カバブもすっかり日本でお馴染みだが、
羊肉を刺す剣の熱伝導の合理性、
そして肉を抜き取るナンの使い方なども、なるほどと思わせる。
最後のつぶし玉葱という乱暴な味付けも出色。
しかも美味い!!
二人共に手際も良く、文句なく優勝だと思ったが……。

北南アメリカ代表(アメリカ:マックス、ブラジル:マリアーナ)
ビアカンチキン、シュラスコ。

マックス、明らかに初めて作る手つきだが……。
チキンの下腹に、
ビールとコーラを半々いれた缶を詰め、
鶏を立たせて丸焼きにする料理。

16歳のマリアーナが作った、
ブラジルのシェラスコもシンプルながら美味い。

オセアニア代表(ニュージーランド:ジェラード、デニス)
ラムチヨップ、トウモロコシの丸焼き。

料理は酷いが、二人の掛け合いが、はちゃめちゃ、
ある意味、面白かった。

途中、雨降りもありながら、
時間を大幅に押しつつも、ロケ終了

それでも俺の想像よりも早い時間で終わったのだから、
最後まで気を緩めぬ、柿本D,
スタッフの集中力も素晴らしかった。

МCだけ乗せた帰路のロケバス。
丁度、樹海の辺りから、俺の怪談話に。

毎回、帰りのバスは長時間のロケに疲れ果て、
全員が次第に次々と眠りこける様子を見るのが面白い。

帰宅は3時。
HDDチェック。
『報道ステーション』など。

《 生後7カ月の娘、父親争いはDNAで決着…怪死元プレイメイト 》
《 横浜・那須野に“裏契約金”5億3000万円…球団社長が認める 》
《 高田&向井夫妻が無念の会見…親子の絆を遺言書に託す 》
《 藤岡弘、に4億5000万円支払い命令…東京高裁で逆転敗訴 》



4月12日  木曜

7時起床。
昨日、一度も会えなかったタケシと
幼稚園登校前に1時間遊び、送り出す。
しかし、流石に寝不足で躰が痺れて、
そのまま2度寝。

9時30分、再び起床。
アサイー』ジュース。

カミさん、幼稚園迎えの間、
フミちゃんを預かる。
二人きりで1時間、
一度も泣く事もなく過ごした。

昼、クッキング・パパ、

残り物で、焼き納豆うどん作り。

ハネギの小口切り、炒り卵、桜海老、テンカス、
カツオ粉、納豆と、うどんを混ぜ合わせる。

納豆嫌いのタケシのため、
いつも俺が特性粉末納豆のふりかけを作っていたが、
今回は、俺が作ったメニューで、
本物の納豆を口にして、 むしゃむしゃと食べる様子、
見ていて感激。

デザートのりんごの皮むきも、俺が担当。
生涯で2度目くらいかも……。

今回の唐突なクッキングパパ宣言も、
役とは言え、テレビで"食育"などと発言している張本人が、
"男子厨房に入らず"では、
なんとも整合性が無いのが厭だからが、
理由だが、 やってみれば楽しいものだ。

タケシと一緒に昼風呂。

いまだに残る昨日の疲れをとるため。
酸素カプセル1時間半。

カプセルの中は、眠気がするのか、
それとも眠気が覚醒するのか、 よく聞かれるが……。
両方の場合がある。
ぐっすり眠れる場合もあるし、
今日のように、寝不足だから、 もっと眠ろうとして入ったのに、
覚醒して眠れなかったり。
おかげで、 『へうげもの』3巻まで読み進む。
面白い!

夕方、タケシに「走ろう!」とさがまれるが、
今日は善福寺川公園まで行く時間が無い。
近所の公園まで走って行く。

幅広のスロープを発見。
3歳児には、登りは困難の様子。

しかし、最初は石段を伝って登っていたものが、
ロープを伝って登れるようになり、
最後は、裸足で手を使わず、登れるようになる。
これは、コーチングの醍醐味かも。

俺、スズキ秘書とキャッチボール練習。
キャッチボールそのものが"練習"だろうに。
何時か、親子でキャッチボールをやりたいと、
言っていたところ、
スズキ秘書が「じゃあ練習しましょう」と申し出た。

やってみると、
むしろ、スズキ秘書の方が狙いが定まらない。
「いや、ごく普通じゃないですか、
 もっと女投げとか、下手糞だと思い込んでいました」と。
どんだけ、俺を運動音痴と思っているのだ。

18時半、スズキ秘書運転、
代官山「BAII LOOM」へ。

MXテレビ『Tokyo Boy』収録。
イジメ問題についての討論会の司会。

子供の親15人と識者2人、
いじめで子供を亡くした親御さんが参加。

番組テーストには珍しいシリアスな討論会に。

こういう話題は堂々巡りになりがちだが、
弁護士の遠藤さんの意見が、玉虫色ではなく、
俺が常々思うことと軌を一にするものであった。

具体的に言えば、
現代のいじめの現状は、 いじめる側といじめられる側が、
ころころと立場を変える状況があるので、
対処が遅れるという説が多々語られる。

しかし遠藤さんは、(無論、ケースbyケースではあるが)
陰湿ないじめはオオボスが、
その配下の仲間を恐怖で支配しているので、
部下が、何時、自分がいじめられるかわからないからこそ 恒常化し、
また、その支配を維持するために、
いじめ側、いじめられる側の、
その立場をころころ変えているだけだ。

だからこそ、オオボスが悪の元凶、病巣そのものだ。
という説だ。

また、教育再生会議で議論になっている、
「いじめ側こそ学校へ通わすな」という説も断固支持の態度。

「罰則」で、子供を取り締まることを危惧する声にも、
「罰則」と「教育」=「躾』は別と断言。

今まで、そこを混同し躊躇してきたからこそ、
ここまで、隠蔽体質、陰湿化してきたのだから、
今こそ、迅速に「罰則」を決めるべきと明快に発言。

これらは、大方、俺が思うところと同じであった。

赤江くん(玉袋)が話した、
いじめ対処法の体験談も素晴らしかった。

帰宅後、
カート・ボネガットの死去の報。
この訃報に最も反応するのは、
お笑い界では爆笑問題の太田であろう。
なにしろ、事務所に「タイタン」と名付け、
飼っている鳥に、「ギルゴア」と命名したほど。

そして、数年前、萩くんのお見舞いの後、
今までで、たった一度、酒席を共にした時、
太田にボネガットの新作についての話を振られた、
いまだに新作を読み続けているのか、
と、これも素直に見直した。

俺は、20代の時の、サイン、座右の銘に、
ボネガットの「愛は敗れるけど親切は勝つ」(「ジェイル・バード」より)
と常に書いていた。

後に、松尾スズキもその一節をモチーフに芝居を書いてる。
と聞いて、 ふ〜ん、と思ったものだ。

日本のお笑い界の深層に、
少なからず、影響を与えた、SF作家であった。

《 松坂、イチローを完封も、本拠地デビューでメジャー初黒星 》
《 新・女流棋士会“駒不足”…残留希望者増え、参加は17人ほど 》
《 鈴木宗男議員、参院くら替え否定…松山千春の出馬を示唆 》
《 保阪尚希、“白”で出家、“黒”から出発…熊本・六水院で得度式 》



4月13日  金曜日

7時起床。
『アサイー』ジュース。
俺、目玉焼き作り。
タケシとかみさんを見送り、

フミちゃんと二人きりで留守番だが、
今日は泣かれてしまい、途方にくれる。

昼前、今度は俺が自転車でお迎えに。
この時間だと、やはりパパは一人だけで恥ずかしかった。

しかし、タケシ、俺の顔を見つけると、満面の笑み。
「今日はどうだった?」と聞くと、
「プールがたのしかった」と。
水泳を最重視する幼稚園なので、
子供達は、毎日、朝9時から、プールが始まっているのだ。

帰途、今日でタケシの初幼稚園の一週間が終わったので、
この数日を振り返りながら、タケシと一問一答。
「さびしくなかった?」
「先生のいうこときける?」
「おともだち、できた?」
「けんかしていない?」
俺の質問に一つ一つ答える、タケシだが、
将来、きっと、この時間を憶えていないだろう。

幼稚園通学は、幼児にとっては、
小さな一歩かもしれないが、
親にとっては、大きな一歩だ。


帰宅後、近所に住む、
タクミくん(3歳)とユウマくん(0歳)とママが来宅。
自家製ピザパーティを食べながら、遊び、お話。

明日、土曜が休みになった、
この時期、スキー場は、営業しているのか?
春スキーの状況をネットで見た途端に、
頭の中にゲレンデと青空が映し出され、
生涯一度きりしか経験のない春スキーの悦楽が広がった。

辛抱たまらなくなる……。

今季、もう一度、スキーに行きたいは間違いない。
各所に電話。
お宮の松の紹介で、
苗場の神楽・三俣(かぐらみつまた)
『みつまたロッヂ』を予約する。

絶版になっているので、古本を求めて、
石原慎太郎著『三島由紀夫の日蝕』読了。

ほん

『国家なる幻影』にかなり引用されているので、
ほぼ既読ではあるが、
改めて原書に当たってみた。
装丁を含め本の風格が楽し。中身も実に興味深い。

スズキ秘書運転、TBSへ。
16時、『荒川強啓デイ・キャッチ』ゲスト生出演。
宮台真司、一緒。
このたび、「教授」に昇格されたとのこと。

時事ネタ10本と、
離婚後300日問題についてにコメント。

この番組、前日に台本が無く、
本番直前にネタが決まる番組構成、
必然、時事ネタを、その場で現場処理しなければならない。
以前に出演した時も、
周囲が思うほど、俺たちに時事ネタ、硬派なニュースへの、
関心も基礎知識も無かったため、
我流と言うか、無手勝流すぎて、
自分でも、違和感、甚だしいものであった。
しかし、この一年、文化放送『吉田たかよし プラス!』
で、柄にも無いコメンテーターをつとめたおかげで、
すっかり訓練され、
報道対応に軸足を置く、
相手のストライクゾーンに合わせて投げる、
コントロールの精度が高まった。

合間に一児の父となった宮台さんと話。

帰途、スズキ秘書と新宿でスキーグッズを物色するが、
何処もシーズンオフ、
結局、高円寺の『上州屋』で、長靴を購入。

帰宅後、急いで荷造りして、車に積み込む。
今回は、カミさん、フミちゃんは留守番。
俺とスズキ秘書とタケシの3人で旅立つことに。

直前まで、「大丈夫?」とカミさんに本気で心配されつつ、
言わば、逃避行の家出旅。
タケシにとっては、初めて外出先でママがいない宿泊だ。

車中、突如、タイムリミットを設定されて、
『映画秘宝』のインタビュー原稿の校正。
おかげで、移動時間を忘れる。

関越に乗って、わずか2時間弱で、
関越トンネルを越え、越後湯沢ICで降り、
17号線を8キロほど東京方面へ下り、
新潟の神楽三俣(かぐら・みつまた)スキー場へ。

暗闇のなか、22時、
『みつまたロッヂ』にチェックイン。
和室の鄙びた趣で、まるで温泉旅館の様。
夜、遅くにもかかわらず、歓待していだだく。
男3人で一緒にお湯に入る。
『富士山麓』で晩酌しながら、就寝。
 
《 ブラジルで“殺人会社”摘発…1人あたり6〜30万円で年間200人 》
《 『萌える街』にしたい!オタク評論家・宅八郎氏、渋谷区長選に出馬 》
《 デビルレイズ・岩村、開幕9戦連続安打!減量で好調、3部門リーグ首位 》
《 ウド鈴木、台場交差点で交通事故…対向車の女性は骨盤打撲 》
《 松坂Vsイチロー、平日朝8時でも最高視聴率15.4%を記録 》



4月14日  土曜日

7時半、ロッヂで起床。
ニュースでは温家宝首相が、
「春が来た。氷も雪も溶けた」
とコメントを残して日本を後にしたと伝えているが、
ここには、まだ、たんまり雪が残っている。

朝から青空が広がり、春スキー日和。
だが、馴れない初めてのゲレンデ。
マップが頭に入っておらず、
ロープウェーやリフトの場所など、
所在もわからず右往左往。
そんな時に、
マイミク・柴尾英令さん(BAOHさん)からメール。
「今、新幹線で越後湯沢に向かっています」と。

昨晩、一声かけていたわけだが、
スキー狂で、このゲレンデの経験も豊富なBAOHさん登場は、
我々には、まるでハンソロが援軍に来てくれた様。

身支度に時間がかかり、 9時チェックアウト。
『みつまたロッヂ』で板とブーツをレンタルする。
その間、急に雨が強く振り出し、
一瞬、絶望的な気分になるが、
結局、降雨は、このときのみであった。

外に出て初めて気が付いたが、
『みつまたロッヂ』の目の前が、
このみつまたエリアの入り口、 ロープウエー乗場であった。
昨晩にはわからなかったが、
どれだけ、アクセスの良い宿泊場所か。

01

ロープウエー乗り場でBAOHさんと合流。
BAOHさん、道先案内人となり、
山頂へ向けて、ロープウェー、リフト、ゴンドラ、
を次々と乗り継いでいく。

大型ロープウエイに乗り高速で山を駆け上がると、
そこは春なのに銀景色が広がり、
非日常の世界が訪れる。
なんともたまらない高揚感だ。

斜面を見下ろしながら、此処を滑るのかと思うと、
他に変えがたい快感の予感が押し寄せる。

それにしても、BAOHさん、夜、電話を受けて、
早朝、新幹線に乗り込み、単身、雪山にやってくる、
というのは、なんと軽いフットワークだろう。
BAOHさんが、最もスキーに嵌っていた7〜8年前は、
月曜になると、毎週、シーズンで17〜8本も、
たった一人で、毎度、新幹線に乗って、
ゲレンデで一日中、ガンガンと滑って日帰りで帰っていたらしい。

"たった一人で"というところが、
実にスキーの悦楽を伝えている。

121人乗りの、全長823メートル
『みつまたロープウエー』到着後、
全長1059メートルの『みつまた第1高速リフト』に乗る。

02

今度は、全長3132メートルの
『かぐらゴンドラ』に乗り換える。

しかし、こんなに長い距離のゴンドラに、
乗ったのは初めてだ。

03

スキーヤーには常識だろうが、
俺たちが、登った神楽=かぐら(みつまた・田代)は、
かの西武王国が築いたMt.Naebaエリア中にあり、
無数のロープウエー、ゴンドラ、リフトが相互に連結しており、
超巨大な迷路の如き、ゲレンデになっている。
今日が、Mt.Naebaエリア・デビューの俺は、
この広大さには打ちのめされた。

04

きっと俺たち3人では迷子になっていただろう。

さらに、リフトとリフトの連絡コース間の移動に、
いくつか、かなり、きつい傾斜もある。

BAOHさんと共に、タケシを抱えて滑ったり、
手を引いたりだが、なかなか要領が掴めない。

おまけにバインディングとの相性が悪く、
何度も板が外れた。

こんな筈じゃないのにと思いつつ、
春スキー独特の重い雪質に馴れないのと、
あばら骨を折ったトラウマがあるせいか、
恐怖感も先立ち、
初めてスキー板をはずして歩いて降りた。

05

1時間かけて、山の中腹にありながら、
その名も「山頂駅」と呼ばれる中継地点に辿り着く。
しかし、ここから、まだまだ上があるのだ。

一度、レストハウスで休憩をとるが、全身汗びっしょり。
BAOHさんと、お茶を飲みながら、四方山話。
ボネガット死去の話やら、
『1976年のアントニオ猪木』の話やら、
最相葉月の『星新一・1001話を作った人』などなど。
本職はゲーム作家だが、
同じ歳でサブカルを精通、守備範囲の広い趣味人、
博覧強記な方なので、
話し込んでいても、あっと言う間の時間が経つ。

流石に、ここまで高所に来れば、
周囲に幼児はいない。
見渡せば、タケシが最年少のようだ。

ここでスズキ秘書とタケシは居残り雪だるま作り。
俺とBAOHさんは、
ゴンドラ下の3キロのロングコース一を滑る。
確かに平坦な緩斜面が多いので、
ここなら、タケシもスズキ秘書も大丈夫そうだ。

再び、ゴンドラで登りつつ、
BAOHさんと、「ニュージーランド」「ラスベガス」「株」話など。

その後、本物の「頂上」を見せてやりたいから、
と、さらに上の頂のポイントを目指すことにする。
帰りもリフトに乗れば良いだろう。
念の為、タケシの安全を考えて、
俺とスズキ秘書はスキーを断念、
ブーツを脱いで長靴に履き替え、
雪道をタケシの両手をとって歩く。
しかし、「かぐら第一高速リフト」の乗り場まで、
傾斜の強い難所が続く。

ようやくリフト前へ着いたのだが、係員から無常にも、
「スキー板を履いてないと、リフトには乗れません」
と断わられる。
スキーを履いていたBAOHさんだけ、さらに上へ登り、
ジャイアントコースに挑戦したが、
我々3人は、そのまま、引き返す。
"八甲田山"の如く、雪に埋もれながら、
子供を抱えて雪道の坂を登るのに、再びヘトヘト。

もはや、これ以上は登れないことを確認後、
再び、ゴンドラコース3キロを下ることに。

安全策ではリフトで降りることも出来たが、
ここまで来たのだ。
折角なので、思い切って、
スキーを履いてゲレンデを下ることに。

さっき、コースは確認していたのだが、
それでも3歳児連れには、とても難しい、
幾つか、スロープのきつい難所がある。

そのたびに、
タケシのスキー板を脱がせたり、
BAOHさんがタケシを抱っこしたり、
BAOHさんが疲れると、
俺がタケシを抱っこをしたり、
スズキ秘書がスキー板を脱いで、
タケシと手を繋いで走ったり、
タケシもスキー板を脱いでブーツで歩いたり、
臨機応変に作戦を変える。

そのたびに、板やストックを、
預けたり、預かったり、入れたり出したり、
一時、スズキ秘書はバツゲームの如く、
背中のリュックにはブーツが、
さらにストックやら板を差し込まれていて、
エヴァンゲリオンの使徒のようないでたちに笑う。

とにかく、4人の共同作業で手を変え品を変え、
作戦を練り、隊列を変え、装備を変え、
ボス(斜面)をクリアーしていかねばならない。
この作業を繰り返しているうちに、
俺たち4人組のパーティは、
経験値を増やし、スキルを上げた。
それは、まるで、ゲームでは体験出来ない、
ロール・プレイング・ゲームそのものであった。

1キロ地点にある、『かぐらラーメン』で
一度、休憩を入れるが、
タケシ以外、全員がグロッキー。
ラーメン、カレー、餃子などでエネルギー補填。
俺とBAOHさんは一杯だけビールを飲んだが、染みたぁ。

そして、また、此処から、2キロ続く長距離のアタックが続いた。
傾斜が緩いところでは、
板をつけたタケシの両手をBAOHさんと握り、
二人で挟んだ"捕まった宇宙人"状態のまま、
スピードが出ない様、ひたすらボーゲンで進む。

06

ずっと引っ張られていただけだったが、
流石にタケシも最後には自分の重心で滑っていた。

難所(スロープ)では、 俺がタケシを抱えて滑る。

3歳の子供の重量を前傾姿勢で抱えながら、
ストックを持たず、ボーゲンで滑るのは、
「転んではならない」と一瞬も気が抜けない。

周囲のスキーヤー、ボーダーに巻き込まれぬよう、
細心の注意も怠れない。

途中、タケシがくじけそうになると、
しばしの時間が停止する。

これは事前に予想した以上に大変な作業、
まるで、山岳救助隊の如きパーティーであり、
とにかく、その距離は果てしなく長かった。

最後のロープウェイ乗場に"無事"辿り着いた時は、
安堵で涙が出そうになった。

平静を装ってはいたが、
もしやと思うと、 ずっと緊張で心臓はバクバクしていた。

いやはや、これは生涯忘れ得ぬ"大冒険"であった。

(いや、これで、もし不慮の事態があれば、
大人の快楽、親のエゴを子供に付き合わせている、
「バカ親」の典型的行為であり、
勿論、俺の、軽率、大人の思慮と判断が無かったと、
「二度と、こんな無茶はしない」と十分反省もしているのだが……)

ド素人の我々を案内してくださり、
自分のスキーは、ほとんど、やらず、
最後までずっと付き添ってくださった、
BAOHさんには心から大感謝だ。
いつか、この冒険と苦労を分かち合っていただいたのだから、
タケシが滑れるようになったところお見せしたい。

帰還した『みつまたロッヂ』で板を返し、着替え。
オーナーの関さんにご挨拶。

07

お宮の松の紹介であったが、
今回、いろいろ親切にして頂いた。

帰途、温泉、『街道の湯』へ。
緊張を解き放ち、4人で汗を流す。
湯船でも休憩所でも、
一際、テンションが高かったタケシ、
BAOHさんのお腹を指して、
「あけぼのみたい!」は申し訳なかった(笑)

風呂上りに、車に乗り込むと、
流石にタケシがスコンと寝入った。

雪山で一度もスキーブーツを脱がず、
縦横無尽に、あれほど駆け巡ったのだ。
幼児には、考えられない運動量だと思う。

新幹線で帰京のBAOHさんを越後湯沢まで送り、
生鮮市場の土産物屋で刺身と乾物を大量に購入。

まだ陽のある関越自動車道は、
ドライブ気分で快適。
スズキ秘書と今日一日を振り返りながら、
感慨ひとしおの気分。

19時、帰宅。

家飯。
土産のトロ、鯛、えんがわ、ホタルイカの刺身。
アサリの酒蒸し。

今日の冒険を思い返しては、
改めて、"無事"であることが、いとおしくなり、
タケシと抱き合って寝かしつけ。

『夢を見ない男 松坂大輔』(吉井妙子著 新潮社)
を読み始める。

HDDチェック。
『ブロードキャスター』(開票時間短縮競争の話が面白い)

《 まだまだ続く金属盗…各地で鉄板、ついにはブランコまで 》
《 高額離婚セレブはM・ジョーダンが1位!米経済誌が発表 》
《 大学野球、早大・斎藤、最高の神宮デビュー!江川超えた『春1勝』 》



4月15日  日曜日

7時起床。
アサイー』ジュースとスクランブルエッグ作り。

昨日の反動で全身筋肉痛。

乳酸除去のため、
酸素カプセル1時間。

吉井妙子著『夢を見ない男 松坂大輔』読了。

夢を見ない男松坂大輔

今や、野球場に観戦に行くことなど皆無の俺だが、
松坂大輔の初登板は、東京ドームに駆けつけて見ている。
それほどの社会現象であった。

野球選手の評伝を読むのは、久々だ。

しかも、今や、情報過多な松坂大輔だが、
今、最も松坂大輔に密着する
スポーツライターの手に拠る一冊だけに、
松坂の肉声が聞こえてくる。
いつものように、自分にもフィードバック出来る、
方法論を探しながら読むわけだが――。

「マウンドではいつも実験しているんだよね。
仮説を立て実験し、結果を求め、
それを分析し、将来つかえるかどうか見極める。
例えば実験しているものをジグソーパズルに譬えると、
これまで百ピースで埋められていたものが、
二百ピースになり三百ピースになる。そのコマは年々増えていく。
コマが増えていく作業って難しくなるでしょ。
それと同じように、年を追う毎に考えることが増えて、
苦しみも増していくんだよね。
でも、より細かいコマで埋めた方が完成したときに絵は綺麗になる。
多分、この作業は引退するまで続けていくんだろうなあ……」

持って生まれた才能というのは、筋肉や骨格の遺伝的要因でしかない。
パフォーマンスという結果は、
その選手が、どれだけの知恵と意志と時間と、
その競技に注ぎ込んできたかに比例するのだ。
松坂が日本一の投手と言われるのなら、
松坂は投手陣の中で最も努力してきた選手と言ってもいい。

松坂大輔はクレバーでメンタルが強いと言われるが、
彼の信念を聞いていても「なるほど」と思わせる。

「緊張と集中は違うんだよ。
集中することはあっても、緊張することはないよ」

スポーツノンフィクションながら、
私生活の「怪物」の挫折ぶり、
特に、無免許事件や肘の故障など、柴田倫世との純愛ぶりなど、
何度か、涙を流しながら読了した。

吉井妙子の本に外れなしだな。

昼、ミートピアサヌキの肉うどん、作り。
3分で出来るから簡単とさんざん宣伝してきたが、
いつも、スズキ秘書やカミさんに作らせていたので、
自分で作ったことが無かった。
桜えび、天カスをトッピング。

たけしと、一昨日に見つけた、
坂のある公園へ。
前回は、裸足であったが、
今回は靴を履いたまま駆け上がれるか試す。
何度もトライを続けて、最後は成功。
あれほど動いて、昨日の痛みが無いのが不思議。
流石3歳児だ。
その点、俺はスズキ秘書とキャッチボールの最中、
チュルチュルと腰に違和感発生。
(腰痛というより、いつもと場所が違い左の尾てい骨の上あたり)
そのまま呻きながら、先に一人で帰り、
応急処置でバンテリンを塗りたくる。

14時半、スズキ秘書運転、
フジテレビ、『SRS』ロケ。
18Fコリドールにて、K-1ハワイ大会開幕前ウチ。
新ディレクター・長谷川一男、担当。

関根勤、西山茉希、谷川貞治、白鳥百合子、一緒。

次回、ハワイからの放送が500回記念。

谷川貞治さんに、
「どうせ、買う暇も無いでしょうから、買って来ましたよ!」
と、『1976年のアントニオ猪木』の話を振ったら、
「ああ、あの柳澤くんの、昔から、彼、よく知ってんだよ。
へ〜あの本、面白いんだぁ。
じゃあ、送ってもらったから読もう!」とのこと。

昔なら、もっと口コミで騒ぎになると思うが、
やはり、活字プロレスの伝播力が薄れているものだぁと実感。

1976年のアントニオ猪木


白鳥百合子さんは、仮面ライダー電王のヒロイン。
今日の朝も、タケシに、
「ハナは、パパのお友達だよ」と言うと、
「うそだ〜」と言われたばかり。
そのまま、動画にメッセージを貰う。

『SRS』の食事会。
永盛Pの地元、木場の韓国料理『オーリム』にて。
2Fを貸切で陣取り、
久々に補強された新ディレクター2人の歓迎会。

永盛園長の永盛園長による"虫歯林くん"のための宴会に。
爆笑、爆笑の連続。
サムギョプサル、海鮮チヂミなど美味し。

お土産にキムチを頂く。

タクシーで一人、帰宅。
途中、本日、後楽園ホールで開催で、
ずっと気にかけていた、
全日本キックボクシングの試合結果、朗報が届く。

第7試合 トリプルメーンイベント第2試合
S・ウェルター級ランキング戦 3分5R

○ 望月 竜介 ( 5R判定 3−0) 大 輝 ×


第7試合では、デビュー以来の12連勝で、
本場ラジャダムナンスタジアムのランキングにも名を連ねる、
大輝が敗れるハプニング。
スーパー・ウェルター級転向第1戦として、
同級1位の望月竜介と対戦した大輝だが、
この日はコンビネーションのつなぎが悪く、
2ラウンド、右ミドルを繰り出したところへ、
右ストレートをカウンターで合わされダウンを奪われる。
後半ようやくエンジンがかかったか本来の動きが戻り、
右アッパー、左右ボディーフックと攻めた大輝だが、
望月も要所要所で右ストレートを決め反撃する。
結局、フルマークの判定3−0で大輝を破り初黒星をつけるとともに、
王者・山内裕太郎を含めたスーパー・ウェルター級の覇権争いを、
混戦模様に持ち込んだ。(スポーツ・ナビより)

やったぁああああああ!!!!
と叫んだ。
散々、試合前に関係者から、
大輝の有利、圧勝などを語られたので、
実に嬉しい限り。
スネークピット・ジャパン」の誇りだ。

熊久保英幸さんのブログには――。

大江君の弟子・望月が凄くよかった。
短い時間ではあったが、
あの大輝が心折れたような表情になった時は震えがきたよ。
彼は普段から礼儀正しく、大江君が人間性も含めて高く評価している選手。
技術的にも素晴らしいし、ホントにいい選手だ。
と書かれた。


さて、この日記、本日をもって、
ひっそりと10年を通過するわけだが、
ここのところ、俺も昔の日記を読み返している。

そして、読者の方から寄せられた、
10周年記念のおめでとうコーナー』への
メッセージを読み返す。
(後ほど俺が返信コメントをつけます)
そこに書かれた、読者にとっての印象的な日付を自分でも当たってみる。
それはそれは我ながら懐かしい気分に浸る。

もともと、パソコンなどには疎くて興味も無かった。
それが、変装免許証事件の謹慎期間中にパソコンを始めた。
当時は、
「いかに芸人らしく生きれるか」
「ビートたけしがやっていないことをやる」
が俺の人生のテーマであったので、
日々、夜遊び、風俗通いに熱中、狂執に駆られていた。

事件に関しても、
あの変装免許が掲載され、全国紙の朝刊やニュースで報道され、
あの写真を見て、日本中が朝から大笑いになるなら、
前科の一つや二つ平気だと思っていた。
それこそが、"社会彫刻的お笑い"だと本気で思っていた。

しかし、そうはいかなかった。

新聞もテレビも事件は報じたが、
写真は掲載することがなかった。
(結局、東スポの一面掲載に雪辱したわけだが……)
その上、裁判は長引き、いつ終わるか果てしない謹慎期間に、
精神的に滅入り、経済的にも干上がった。

貧すれば鈍するは嫌だ。
とMacを購入し、ホームページを始めた。

謹慎期間に発言を封じられたことから、
自分発信のメディアを持ちたいと、この『キッドリターン』を始めた。
当初は、HTMLタグも自分で打っていた。

ホームページのヒット数を伸ばすためには、
毎日、日記を書いて読者を定着化させるのが一番と言われて、
日記を書くようになった。

しかし、今のようなBlogの概念も無い頃であり、
まるで、自分ファン倶楽部の会長に自分が就任して、
自分の会報を配っているようで、なんとも気恥ずかしかった。


そして、自分語りを他人に向けるなんて、
なんて、無為で、無意味だろう、
鍵のかかる日記に書いていろ!と何度も思った。

その無意味と、羞恥心に負けて、
最初は、何度も中断しかけたが、
そのたびに、面識の無いころの、
糸井重里さんやら、大瀧詠一さんとか、
メールが届き、思いとどまった。

またドイツに留学中の精神科医から、
「"芸人という病い"の貴重な臨床例ですので続けてください」
という一文は特に気に入った。

そうして、長く続けているうちに、
書くことが義務になり、
より詳しく自分の一日全てを晒す強迫観念にかられた。

一日のボリュームも増えていく一方だった。
「今日、書くことが少ない」ということは、
昨日に比べて、よりよく生きていないことではないかと、
その日付に対して申し訳ない気がしてくることは、
不思議な感覚であった。

自分ではっきりと気が付くことだが、
公開を前提としているホームページの日記だから、
"ため息と愚痴を封印する"と宣言しながらも、
昔の方は、まったりと陰鬱で長い霧の中であった。
ここ5年くらいだろう。
俺が、日々続く退屈な日常から開放されているのは。

丁度、手元にある『hon・nin』誌の、
松尾スズキと、リリー・フランキーが対談を読んでいると、

hon-nin vol.02

松尾 :40歳を過ぎたら、みんな、うつ病、
普通だと思っている人は躁病

リリー:逆に40歳過ぎても、うつ病にならない人は信用出来ない(笑)

と語られていた。

二人共、俺とほぼ同じ歳である。

なるほど、40歳を過ぎてからの俺は躁病だ。

私生活でも前向きでパワフルで意欲的だ。

しかし、仮に俺が「読者」であっても、
文字で語られるのに、気を魅かれるのは、陰鬱な方だ。

家庭円満で能天気に子供と楽しく遊んでいる日記など、
「勝手にやってくれ」という気になる。

だからこそ、俺は自覚的に「勝手にやっている」んだ。

その後も対談は、こんな話が続く。


リリー:この間、病院に行ったら健康本みたいなのが置いてあったんですけど、
そこに「幸せとは、家庭の中にあるのです」(マザー・テレサ)
とか書いてあって、
今までならそんな言葉いちいち気にも留めないのに……
きちゃうんですよ。
分かりきったことしか書いてないんだけど、くる。
こういう言葉にいちいちくるっていうのが、
もう人生の後半に来たな、晩年だなってかんじですよ。

中略

その文、「あなたは忙しすぎます」から始まるんですけど(笑)。
松尾さんも、きませんか? 
前にも言ったことあるけど、松尾さんは仕事しすぎですよ。
最近、松尾さんの原稿を読むと「また仕事している」
と思ってドキドキしますもん。

中略

――  でも、リリーさんや松尾さんみたいになりたい人は、
たくさんいると思いますよ。
リリー: それは淀んでいる若者ですよ。
松尾 : 俺はコラムでもブログでも力いっぱい
自分の不幸せを訴えていますからね。
街宣者に乗って訴えたいくらいですよ(笑)。
「俺は不幸だぞ!!」って。

――  では最後に、そんなお二人にとっての
「幸せ」のイメージを教えてください。
リリー:平凡なものですよ。人の暖かい気持ちに触れることができて、
裏切りや疑いのない世界。
吉田豪:(助っ人として乱入)でも、ずーっとそこにいたら、
リリーさん、飽きそうですよね。
リリー:飽きたいじゃん!
「もう幸せには飽きたな」とか言ってみたいよ。
松尾 :幸せのイメージってすごくシンプルで、南の島のコテージで、
ハンモックかけて、トロピカル・ジュース飲んで、みたいな。
でも、ああいうのってすぐに退屈しちゃうんですよね。
リリー:きっと、下品なくらいじゃないと幸せになれないんですよ。
俺も松尾さんも品がありすぎるんだな。
松尾 :たしかに。「なりふり構わず」になれないのが、
俺たちのダメなところなんだよなー。


サブカル育ちの"淀んでいる若者"であった俺は、
悶々として、愚痴ったり、やさぐれたり、不幸自慢したり、
自己嫌悪に浸っているのが、本来、性に合っていたけれど、
内心、そのままやって、本気で自分嫌いが高じて、
ホントにうつ病になったらどうする?
と思っていた。

リリーさんや、松尾さんみたいに、
表現者として、 圧倒的な仕事量と成功を手にした上で、
“芸”としての愚痴とため息ばかりなら良いのだろうけど、
何も表現しないまま、自分の荒んだ日常、
自堕落ぶりを周囲に撒き散らし、
憂さ晴らしをする日記を書き散らす、
ただの“淀んだ若者”で居続けるのは怖かった。

さらに言えば、
俺が、リリーさん、松尾さんと違うのは、
俺が父親になったことだ。

これは、決定的に、ミーニング・オブ・ライフの実感が宿った。

だからこそ、俺のような、「生まれてこなければ良かった」と
長く思春期に思っていたようなボンクラにも、
もし"幸せ"の頂きを覗けるような瞬間があるのなら、
その登山の行程を見せようと思った。

人生は巨大な迷路であり、登りの階段が続く坂道だ。
もちろん、幸せなんて、蜃気楼のように、
一瞬、人生の踊り場に垣間見える程度のもので、
常に 束の間に、過ぎ去っていくものであることは、
十分承知の上なのだが。

それでも、昔の自分に、そして自分の後に続く自分のような人に、
「人生を楽しいと思える」、瞬間だってある、
その確信を見せてあげたい と思う。


その“束の間”を味わうために、10年もかかったんだ。

10年間の前半の日記に、何度も、
「芸人らしく生きるより、普通に生きるほうが困難だ」
繰り返し書いてきたが、
この10年は、「普通に生きること」ことに、
異常に生真面目に取り組んで来たと思う。

俺にとって20年も同じ仕事を、やり続けられているのは、
10代のときに、俺の夜に忍び込んだ、
ビートたけしの存在と信仰に尽きる。

そして、20年もずっと一緒だった相棒、
10年も俺と一緒に住み込んだスズキ秘書や、
5年前から俺に躁病をもたらしてくれた、
カミさんや子供に感謝だ。

そして、タケシもフミもいつか、この日記を読んでくれる日が来るかと思うと、
今は、本当に無意味に思わない。

また、これからも勝手にやっていこう。


《 プリティ長嶋氏が「プレーボール」…統一地方選挙後半戦幕開け 》
《 三重で震度5強…重軽傷12人「東海地震がついに来たかと…」 》
《 女子マラソン・大南博美が初優勝!ロッテルダムマラソン 》


 

読み逃げ厳禁! 読んだら 感想メール を送りなさい! 目次に戻る