8月20日  水曜日   ――富士日記 @

富士山初登頂の日。

6時起床。

6時半出発、
中央道、河口湖インターで降り、
国道139号線に面した、
待ち合わせ場所の『道の駅 なるさわ』へ向かう。

今回、ガイドを依頼した、
冨士エコツアー・サービス』の福田さんと落ち合う。
好々爺の印象だが、もちろん、初対面。

敷地内の地下水や
横臥型溶岩樹形跡などの説明を受ける。

カミさん、フミとはここで別れる。
山中湖にペンションを借りたので、
そこへ下山後に落ち合う。

スズキ秘書、タケシと共に、マイクロバスに乗り込む。

福田さんは、元不動産屋さんで、
富士山に魅せられ、3年前に、このサービスを始めたとのこと。

富士山登山の弾丸ツアーや、
御来光を拝むための猛烈スケジュールに批判的。
その趣旨に俺が、ネットで読んで、意気投合した旨。

富士登山の歴史や、「富士講」の話。
また、昔は、登山者の荷物を担いで登る、
「強力(ごうりき)」という職業があったというお話など。

青木ヶ原の樹海を横断、
窓越しには、富士山の雄大な威容。
この頂きに24時間後には、立っているはず。
やれんのか?

富士スカイラインを通って、
富士山表口登山口、富士宮5号地へ到着。
ここで既に、標高2400m。
この段階で、高山病が発生する場合もあるのだとか。

福田さんは、エコサービスのオーナーで、
実際に登山するガイドは別の方。
今回、一緒に登ってくれるエコドライブの、
小池さんと顔合わせ。

見るからに、山男。マサ斎藤風――。
聞けば、この道、20年のベテラン。
ワンシーズン20回平均、富士山を登頂するとのこと。
のべ500回の登頂経験あり。

俺にとって、親子初富士登山。
正直なところ、不安と心配だらけだ。
手術だって、初めてのインターンに出くわすことがあるのだ。
その意味では、実に経験豊富な頼もしい存在になった。

今回の富士登山は、
いつも、行き当たりばったりで決める俺が、
用意周到、事前の準備と研究を重ねに重ねた。

なにしろ、5歳児を連れていくのだから。

富士登山は調べれば調べるほど、
ノリや思いつきで行くものではないことがわかる。
(当初は、登山期間が7月、8月しかないことすら知らなかったほどだ)

なにしろ、登頂から下山までの消費カロリーは、
一人3000kcalに達する。
これはフルマラソンと変わらない。

この時点で、幼児なら、一日では、とても無理。
二日に割らないと、できるはずもない。

ネットの登山日記は、数多い。
誰もが、記録として残しておきたいものなのだろう。
アトランダムに片っ端から読んでいくと、
意外なほど、リピーターは少ないし、
むしろ、遠方からのツアー客などは、
後悔組が多いのに気がつく。

地方から、深夜バスなどでくることも多いので、
寝不足のまま、登る人も後を絶たない。

さらには多くは、「御来光」(頂上で日の出を見ること) を、
目的とするために、さらに極度の寝不足となり、
また、高山病に罹る確率も高まる。

ガイドをつけるとしても、
不特定多数の大人数では、
他の人にいろいろ気兼ねするに決まっている。
専任ガイドのワンパーティ・ワンガイドで無ければ、
自分のペースなどで登れるはずがない。

これにはコストは、かかるが、
ガイドと共に小人数で行くほうが良い、
と判断した。

ガイドもいろいろあるが、ネットを調べて、
これはと思ったのが、このエコサービスだ。


富士山は、毎年20〜30万人の人々が登頂しています。
しかし、初心者にはルートや装備など、何かと不安が多いと思います。
そこで、当社のベテランガイドが幼児からご年配の方まで、
無理なく、安全に富士登山をサポートさせて頂きます。


これを読んで、問いあわせた。
最初の電話では、
「幼児とは、何歳からですか?」
から始めたが、
原則、小学校1年生以上とわかる。

「5歳児には、無理ですか?」

「そんなことはないです。
 ガイドがつけば、幼稚園時でも体力は問題ありません!
 むしろ、体力的には親の方が大変です。」

その後、この台詞は、別の経験者からも何度も聞いた。

ネットの登山日記も、子供より親のほうが、参ってしまう、
例は多々あった。

「子供の場合、体力より、主に気力、それに機嫌の問題なんです。
 剥き出しになった溶岩が続くのを怖がったり、
 嫌気がさして、ぐずったりした場合、
 いくら、ガイドが止めても、
 親御さんが、わざわざ、富士山まで来ているのだから、
 と叱りつけてでも、無理をさせようとして……。
 それをガイドが止めると、
 トラブルになることもありますから……。
 登らせることより、引き際が難しいんです。」

とのこと。
俺は、

「いや、むしろ、ガイドさんには、積極的に止めていただきたい。
 なにしろ、僕自身が、初富士山登山なので、
 知識もないし、判断力もないので、
 全面的に干渉していただいて結構です。
 ガイドさんのお話を聞きますので……」

という、やりとりを経て、快く引き受けて頂いた。

その後、いろいろ調べたり、
直接、問い合わせて、何度か、お話するうちに、
今回のツアーは、俺には打ってつけのコンセプトだとわかる。
特に、登山口は、
初心者向きで、しかも、混雑しないほうが良い。

そこで、今回選んだコースは――。

エコサービスのホームページの紹介に合わせて綴れば。


【ルートのご案内】
富士山の五合目から山頂への一般的なルートは四つあります。
「吉田口・河口湖」と「須走口」、
「御殿場口」、「富士宮口」の各登山道です。

五合目から山頂まで、平均すれば高度差約1500m。
道のり約6000m。所要時間約6時間の道程です。

一番登山者が多いのが「吉田口(河口湖)登山道」で、
シーズン中は登山者で混雑し、
登山道の途中で渋滞する事もしばしばです。


確かに、テレビで紹介される富士登山の様子は、
この吉田口登山道が圧倒的に多い。
バスツアーなども、大半が、ここが入口なので、
ポピュラーではあるが、
画面から伝わる、その混み具合も、気になっていた。


当コースでは、比較的空いていて、一番標高差が少なく、
山頂までの最短距離の「富士宮口登山道」から登頂いたします。

又、下山には「砂走り」で有名な「須走口登山道」を利用いたします。
つまり、登頂に一番楽で、下山に一番楽しいコースを設定しています。


楽で楽しいはなによりだ。

そして、一番、意見の分かれ目になるのが、「ご来光」だ。


一般の登山者は、山頂での「ご来光」を目指して、
夜道を懐中電灯を頼りにひたすら修験者の如き、
難行苦行をする訳ですが、
当コースでは、明るい時だけの登山で、
周囲の風景を存分にお楽しみ頂きながらの、
楽しい富士登山を体験して頂きます。


実際、御来光を見るには、山小屋で仮眠の後、
朝1時〜2時に出発することになる。
真っ暗闇のなかを、ランプで照らされた、
足元だけを見つめて行列を進む、
死の行軍のようであり、
山頂に辿りついても、数千人の人がいて混雑を極め、
初詣の境内のようなのだ。

しかし、折角、霊峰・富士山に登る限りは、
日の出を頂きで拝みたいという心理も当然。

それもわかるが、富士山にリピーターが少ないのは、
この強行日程が大きな一因だと思われる。

でも、今回は、山頂での御来光は、あっさり諦めることにした。

そして、装備もいろいろ用意した。
よく、着の身着のままで、富士に挑戦した話を聞くが、
真夏の気温から、真冬の気温へ、
一日で移動するのだ。
しかも、山の天候、風雨もつきものだ。


★富士山の気象
富士山の夏は、東京の真冬と同じ。
富士山の7〜8月の平均気温は6度。
これは東京の真冬の気温とほぼ同じ。
平地との気温差が20度以上あり、
夜明け前の山頂付近の気温は氷点下まで下がる。

反面、富士山には樹木がなく、
日中は直射日光を受けるため、
登山道ではかなり暑い。

登山開始から頂上まで、
たった一日で真夏と真冬を体験することになります。


ガイド誌を見ると、皆さん、三里塚闘争の活動家のような
いでたちなのだ。

実際、五合目まで、車で冷やかしにきた若者が、
そのまま、思いつきで、Tシャツ姿で登頂を始め、
勢いよく、登りつめたが、
あまりの温度差で、山頂で体が動かなくなり、
ヘリコプターで降ろされた、 なんて話もザラにある。

顔合わせの後、
新5合目の食堂で、食事。
福田さん持参の弁当と、食堂のラーメン。
なかなか、出発しそうもない。

この標高2400mで、
高地順応のため、
最低、一時間は体をならすこと。

これも、高山病対策の鉄則らしい。
これは、どんなガイド誌にも書いてある。
が、なかなか1時間が待ちきれないものだ。

ところが、ここで食事後、タケシが嘔吐。

早くも、高山病なのか? と心配する。
ここでリタイアでも、仕方がない。

このところ、車に乗ると、頻繁に車酔いする、傾向はある。
ここまで、山道のワインディングロードを登ってきたからかも。

しかし、吐き終ると、ケロリとして、やる気もマンマン。
「様子を見ましょう」ということになる。

売店で富士山恒例の『金剛棒(杖)』という木製のステッキが、
売られている。
なんとなく、老人専用と先入観があり、
俺たちには不要と思っていたが、
「行きは邪魔になりますが、
 帰路は、絶対役に立ちますよ!」
と薦められ、購入。
後々、これは、魔法の杖になることになる。

この後も、くれぐれも、判断は、ガイドに任せる。
ことを確認して、
準備体操を済ませて、登山道入り口へ。




初めて、富士登山した外国人、
サー・ラザフォード・オールコックの記念碑の横、

富士山表口、五合目の看板の前で、
出発前の記念写真を撮ってから、いざ出発。

最初から、急傾斜、岩肌が剥き出しの悪路。
こんな道が続けば、一気にバテるだろう。


「最初だけですよ。
ここを抜ければ7合目までは、緩やかですよ」

小池さんの言葉通りに、
すぐに道も良くなり、緩やかな坂が続き、
ハイキング気分に。




とにかく、日常では見慣れぬ大自然に目を奪われ、
ところどころで、記念撮影に余念がない。
それだけ余裕があるということだ。

しかし、行きは良い良い、帰りは怖い――。

すれ違う帰途の人の半分は、
半死半生、精根尽きはて、
もはや、ゾンビの如く、夢遊病者か、
青木が原の樹海を彷徨う自殺志願者のようだ。

その姿は、これからの苦難の道のりを予言している。

30分ほどで、
新六合目(標高2490m)、最初の山小屋へ到着。
新六合目には、雲海荘と宝永山荘の二軒の山小屋がある。

富士山の山小屋は、売店で飲み物やお菓子を買ったり、
トイレを借りたりするサービスエリアでもあり、
天候によっては、避難小屋にもなる。

このコースでは、5合目を含めて7箇所ある。
もちろん、休憩時間や標高を確認する目安にもなる。

ここで有料200円のトイレを初めて利用。

この2日間、親子ともども、頻尿のため、
この後、数えきれないほど、
100円玉が必要だった。

トイレには、苦戦すると思っていたが、
予想以上に綺麗で衛生的だった。

富士山のトイレは、
2年前に、すべての山小屋で環境配慮型の
バイオトイレに替わったとのこと。

しかし、最近、あまりの登山客の殺到に、
その糞尿が溢れ返ったとのニュースもあったので、
どんなものか、心配したいたのだが。

ここの山小屋の店員さんが、ガイドの小池さんと懇意で、
サービスで金剛棒に焼印を押してくださる。(本当は、一回200円)


一度、押してもらうと、
今度は、毎回、押してもらわなければ、 気が済まない。
しかし、これは、子供にとって、スタンプラリー感覚。
次の山小屋へのモチベーションにもなり、
最後は、貴重な記念にもなった。


疲れもなく、早く出発したいのだが、
休憩は、たっぷり長くとる。

「ガイドの一番大切な仕事は、ペースを遅らせることです」
とのこと。

山小屋の裏手から、再スタート。
また、道が険しくなる。
しかし、雲の上を歩む心地は別格。
どこにカメラを向けても、空前の光景が広がる。


やがて右側には、巨大な、宝永火口が見えてくる。
山頂の火口より、大きいクレイターである。
帰りは、この中を「砂走り」するのだ。

約1時間は歩きつづけ、
新七合目・御来光山荘(標高2780m)へ。

ここを過ぎてからの道は、
砂礫の斜面が多く、滑りやすい。
また、火山岩がごろごろしていて、
蹴り落とされた石がコロコロ落ちてくる。

子供も、必死でロープを伝い、酸素缶で補給しながら、
なんとかくらいついてくるが、 だんだんとつらそうに。
この時間帯は、
通常、タケシにとっての昼寝時なのだが、
如実に機嫌が悪化。
「高山病の兆候ですかね?」
「いや、子供のバイオリズムでしょう」
との、やりとり。
リュックを代わりにもってやって、
なんとかとりなして、ペースを持続する。

タケシと約束。
つらくなったリュックはもってやるが、
抱っこやおんぶは一切、禁止。
もし、抱っこするなら、下山する、
との約束を言い利かす。

しかし、天候には恵まれたおかげで、
一息つきながら、周囲を見渡し、
風景を見ていれば、機嫌もなおる。

遮るもののない空間の広がり、
雲が広がる様子は、他では味わえないものだと思う。




「ベーロに似ている!」
などと雲を見たてながら、進む。


そう言えば、
「富士山はゴミだらけのため、世界遺産にならない」
との話は何度も聞いたが、
その分、キャンペーン功を奏しているのか、
思ったより、ゴミが少なかった。

登山者は、当然の事ながら、
自分で出したゴミは、自分で必ず持ち帰ること。
みんな、ルールを遵守している。

俺たちのリュックの半分は持ち帰るゴミスペースであった。
喉の渇きを癒せば、その分、持ち物もペットボトルだらけになる。

携帯電話も、小屋付近なら、
ほぼ万遍なく、どこからも繋がった。
しかし、寒いためか、電化製品のバッテリーの消費は早い。

やはり、デジカメのバッテリーが直に落ちた。


新七合目の次は八合目だと思っていたら、
なんと続いての山小屋の屋号は『元祖七合目』(海抜3010m)。



さて、7合目から、小刻みに山小屋がある。
当初は、初日、8合目まで登るつもりであり、
時間的にも、順調に来ていたのだが、

小池ガイドから、
「子供は寝ている場合にも、高山病に罹る場合もある」
との相談を受ける。
大事をとって、八合目をやめて、元祖7合目で宿をとることに。

高山病にならないコツとして、
山小屋に泊まる際、一度100mほど登って、降りてくると、
寝ている間の高山病は防げるらしい。


出発から、3時間を費やし、到着は15時。
予定より、2時間も早く着いた。

しばし、外に出て、記念撮影。
とんでもなく空気が清澄だ。


今夜の寝床として、2段ベットの上階を確保。
一人、畳一畳ほどの最小限の空間。
それでも、横になれるのは嬉しい。


もちろん、相部屋のザコ寝。

早めについたので、先客は、まだ4人ほど。
夜になると満室になるそうだ。

お盆シーズンは、文字通りのギュウギュウ詰めらしい。

宿泊所と言っても、
勿論、シャワーも風呂もなく、
水道はない、歯磨きすら出来ない。
基本的に娯楽も何もない。

店仕舞が、時間的に早いので、
登山者同士で、飲み明かすこともない。
18時の食事の時間まで3時間もある。

何をして過ごすか?
こんな時に、パソコンがあれば……。
と思うが、どこにでもノートPCを持参する俺だが、
流石に、ここまで持ってきてはいない。

いつの間にか、タケシが、店主と懇意に。
しばらくしたら、小屋の法被を着て、店番をつとめている。



軒先で、「いらっしゃいませ!」と呼び込みをはじめ、
「ビールはいかがですか?」とお客の注文を取り、
「こちらへどうぞ!」と部屋の案内をし、
甲斐甲斐しく働き始めたていた。

まるで天空のキッザニアのごとし。

小屋主との、料金を間違える、やりとりは、まるでミニコント。

店主の名前は、山口芳正さん、
俺の本名、正芳を逆にした名前なので、親しみを持ったが、
すっかり、お客さんには、店主の孫だと思われていて、
恥ずかしいので俺は、身を隠す。

そんなおかげで、3時間はあっという間に。
その間、ずっとハイテンション。

その様子を見て、
「高山病の心配は今のところ、まったくありませんね」
とお墨付きを貰う。

道中も宿についてからも、ガイドの小池さんとは、ずっと話通し。


山に詳しいだけでなく、
デジタル機器やグッズにも詳しい。
また、芸能人の富士登山の様子をいろいろ聞くが、
舞台裏話は爆笑。
とくに、今月、登山された皇太子の警備の話は、面白い。

夕食のメニューはカレーのみ。
それでも、こんなにウマいカレーはない。
おかわりを頼む。

俺も、子供も焼印に使う鞴(ふいご)を使うて、
火を熾すのが珍しく、
興味深く見守る。




店主の奥さんがデザインしたという、
この小屋の記念の手ぬぐいのデザインが、カッコ良く、
冨永マネなどよろこびそう。

夕食後、
山小屋の店先から、
眼下に下界の街の灯りが映る。
実に幻想的。
さらに、見上げれば、天の川。
流れ星を待ってみたが、
氷点下近くまで気温が下がり、
寒さのため体がもたず中止。

布団部屋に行くと、
すぐ隣りに、真下に、
他の登山者が疲れて眠っている。

寝床でのおしゃべりは禁物。
荷物をゴソゴソといじる音もダメ。
灯りの使用も最小限にするよう、
と事前に聞いていたが、
幼児がいると、その当たりは最も心配、
図書館ごっこなどをしていたので、
これらの約束事は、ちゃんと対応出来た。

19時には、皆、就寝。

明日は、今日、登った距離と同じ距離の登り。
そして、当然、2倍の距離の下り。
つまり、今日の3倍の距離を移動しなければならない。
それを思いながらも、何通りも頭でシュミレーションするうちに、
いつの間にか、眠りに落ちた。





8月21日  木曜日   ――富士日記A

ご来光のために、深夜1時から起床する人、多数。
一晩の間に、人の出入り頻繁だったが、
我々は予定通り、朝4時半起床。
俺、いつもより寝起き良し。
と言うより、責任感で気が張っているのだろう。

5時出発。

すでに、日の出が見えはじめる。
頂上でなくても、
山の稜線の上にご来光を見るという構図になるが、
十分に神々しい。




ここから、
岩場が続き、傾斜は、より急角度になっている。
そして、如実に空気は薄い。

ほぼ、20mごとに座り込み、休憩。
酸素缶を口に当てる。

途中、ガイドの小池さんの知人で、
カラオケ屋さんのオーナーと息子さんと合流。
息子さんは中3。
3年連続、親子登山しているらしい。、

旅は道連れ、共に登ることに。 (帰りもご一緒した)

年間20回、登頂するガイドの小池さんは、
顔馴染みが数多く通り過ぎる。
一番、驚いたのは、
一日2回の富士登山している人に追い抜かれたことや、
さらに、毎日、富士登山をやっているお爺さんの存在。

ドーン、ドーンと空を切り裂く重低音。
雷かと思ったら、自衛隊の演習とのこと。

八合目(標高3250m)の山小屋、『池田館』の直下まで、
むき出しの歩きにくい岩場が続く。


特に八合目周辺は、とても急な傾斜になっている。
胸突八丁の始まりだ。

八合目に到着。
ここには、富士山衛生センター、救護所もあった。

ご高齢の人とは、何度もすれ違ったが、
当然、こういう施設は必要であろう。

それにしても、眼下を見下ろすと、絶景。

八合目を過ぎると、また砂礫の多い道に。

もはや、写真は、どこをどう撮っても、
「八甲田」山死の行軍か、あるいは、「砂の器」。
こんなフォトジェニックな場所はない。


九合目(標高3410m)の大きめの山小屋、『万年雪山荘』に到着。
食堂スペースが広くてゆったり。

ここには、有料の望遠鏡もあり、タケシも下界を眺めながら、
「フミちゃんが見えた!ママが見えた!」と大騒ぎ。

ここに限らず、下界を見下ろすたびに、
「フミ!」「ママ!」と絶叫する姿は、
微笑ましくも、まだまだ子供らしく、切なく聞こえる。

その後も、高地で急斜面が続く。

岩肌が剥き出し、
子供の足では、もはやロッククライミングに近いだろう。



山頂まで最後の山小屋が九合五勺(標高3550m)の『胸突山荘』
ここでは日付入りの焼き印を押してくれる。

ここから、ますます急傾斜。
牛歩のように、グネグネ、ギザギザと迂回しつつ、
息もハーハー、休み休みの登山。

最後の一踏ん張り。
大人も、座り込むところ。

タケシ、まだ意気軒高。
金剛棒をマイクに見立て、
自主的に即興の富士ロックフェスティバル開催。


上を見上げれば、ようやく山頂が。


ゆっくり、しっかり、歩く。


そして、出発から、6時間を費やし、
ゴールの鳥居が見えてくる。




山頂の鳥居をくぐる。



達成感はもちろんだが、やっと登った安堵も強い。
いや、帰路を考えれば、まだ気が抜けない。

雲があって下界は見えない。

とりあえず、浅間大社奥宮にお参り。

杖に御朱印を押してもらう。
これで、この夏、最強のスタンプラリーを施した杖の完成だ。

最初は買うのも躊躇していたのに、
山小屋の焼き印はそれぞれ趣があって、
初めての富士登山なら絶対お薦めだ。

ルート名『表口富士宮』、
全部の山小屋の『名前と標高』、『日付け』、
『富士頂上 富士奥宮』(御朱印)が打ち焼かれた、
登頂記念、魔法の杖が出来上がった。

そして、ずっと杖に巻いてあった、日本国旗を広げる。

日本一の山に旗めく、
日の丸が実に誇らしい気分になる。



富士宮口の山頂にある山小屋は『頂上富士館』で食事。

標高と共に上昇する物価。
カップうどんやラーメンはついに、800円也。

ここは頂上と言えども、巨大な火口である。
まだ目的地がある。
この富士山頂の火口を一周する「お鉢巡り」。
『日本最高峰富士山剣ヶ峰3776米』
と書いてある碑の最高地点の「剣ケ峯」もある。


剣ケ峰を行くか、お鉢めぐりをするか、
タケシに相談するが、
「もう登りたくない!」とのこと。
そりゃあそうだろう。

小休憩をしているうちに、タケシは眠り始めた。


お昼寝時間だし、よい充電になると思ったが、
中途半端な時間で無理やり起こしたのが、まずかった。

そこから、1時間、ずっと火のついたように泣きだし、
立ち往生。

山の天気と子供の天気は変わりやすい。

こうなると、ガイドさんも手を出せない。

次々と歓喜の登頂を果たした人たちが、
大声で泣きわめく子供を見て、
その異様な光景を遠巻きに眺めている。

二人っきりで、向き合い説得。
どうすることも出来ず、抱きしめたまま、
耳元で囁くのみ。

抱っこをしたまま、噴火口まであやすが、
俺も疲労の極致、これが、今回、最も往生した。

「5合目にヘリコプターが迎えにきてくれるから」
という方便に、納得して、ようやく下山に向かう。

しかし、頂上から9合目の傾斜は、
まるで、垂直のよう。
安全に降りるのは、登り以上に悪戦苦闘。

もはや、記念写真を撮る余裕すらない。

しかも、固い岩場、地面は、登りでは有利だが、
下山では直接足に衝撃が来る。

登りよりも体力よりも、神経をすり減らしが、
一泣きした後の、タケシ、
さっきの大泣きがウソのように快調に。

心配なのは、天候。
目前に雨雲が広がり、過ぎ去るたびに、
雨具を着込んだり、脱いだり。

予定では、下山コースは、  
「砂走り」で有名な「須走口登山道」であったが、
豪雨となれば、逆に危険になるので、
ガイドの小池さんの提案で、同じコースを引き返すことに。

しかし、目の前には、にわか雨が通り過ぎるのだが、
奇跡的に、我々の頭上は避けていく。



結局、最後まで、びしょ濡れになることは一度もなかった。

俺は雨の心配ばかりをしていたが、
「霧が多く、照りつけが少ないのがなにより」とガイドさんの言葉。


なにしろ。富士山には日陰がほとんどないので、
晴天時には直射日光に晒され、
特に富士宮口は南側なので強烈、
これで体力が奪われるのだ。

当初、予定には無かったが、
『元祖七合目』で、小屋主の山口さんと再会。
「昨日は楽しかったな〜って、番頭と話してたことだよ!」
わずか半日ぶりの再会ながら喜んでくださる。

赤土が続く、側道では、
砂走りのミニ体験も出来た。
まるで、それはスキーそのものだ。

6合目で見た、
下界に広がる、降雨と雷雨の様子は、最も奇観であった。



5合目の駐車場、食堂の屋根が見えたところから、
俺の緊張も切れたのか、涙腺がプツリと切れた。

泣き上戸を返上し、昨年10月以来、
一度も涙を流していなかったに、
突如、涙が止まらなくなった。

タケシのガーゼハンカチを借りて、必至で拭うが、ホントに止まらない。

ゴールで、タケシと抱き合う。
今日、一日で、10時間も登り降りしたことになる、
本当に、よく頑張った!!

初マラソンの時、以上の感動が押し寄せ、
身震いした。

福田さんと再会。
「御苦労さまです」と、
水と濡れタオルのサービス、パンを差し出される。

皆で、スタートの時の看板前で、記念撮影。





売店で、金メダルを買って、日付を打ちこみ、
ささやかな授与式。
見守っていた老夫婦が拍手してくださる。

46歳と5歳の、この夏休みは一度きりだ。
かけがえのない、メダルになる。

エコサービスのバスで、
カミさんとフミちゃんが待つペンションへ、送ってもらう。

カミさんに電話、
連絡が少ないと、こっぴどく怒られる。

再び、樹海を横切っている間、
集中豪雨と猛烈な雷、
この天候なら、
下界のカミさんが、死ぬほど心配するのも無理はない。


山中湖のペンション、『ステップハウス』へ。
カミさん、フミと合流。

子供部屋が多くあるペンションを選んだのだが、
予想以上に、親子連れのお客さんが大勢。

泥だらけのままに、すぐに夕食。
洋食をたっぷりと。

タケシと一緒に風呂。
富士山の泥と汗を流す。

今回、要望もあり、体験記を長めに書いてみた。

それだけ、誰もが、富士登山を一度は経験したい、
願望、関心が高いからだが……。

こと、子供を連れていくことは、
「博士の日記にも書いてあったから」
と安易に、軽々しく行ってもらいたくない、
と念を押したい。

この登山の前に、準備には、十分時間をかけた。

「皇居2周が出来る体力をつけること」
(結局、一周強で断念したが……)
「山小屋で、黙って一晩過ごせるマナーを守れること」
などを条件づけした。
(それでも、頂上の大泣きには、困りきった。
 あれが、山小屋であったら、最悪の事態だったろう)

さらに、装備やガイドなど、
安全をはかるコストも十分払った。

実際のところ、5歳児に対し、
俺、スズキ秘書、小池ガイドの3人体制だ。

あとから、地図を見比べれば、
富士宮口登山道は直線的に登っていくため、
歩行距離は短いが、その分、全般的に傾斜がきつく、
決して幼児向きとは思えない。

他のコースとの比較も、もっと経験で語るべきだろう。

そして、なにより、今回は、天候に恵まれた。
これが、下界のような暴風雨にさらされていたら、
どう事態が転ぶかは、わからない。
いざ、非常事態に陥れば、危機回避の方法は実に限られている。
これはマラソンに比ではないだろう。

例えば、折り返し地点である、頂上でトラブルが発生すれば、
棄権するわけにはいかず、
その道を、さらに危険を覚悟して、
降りていかなければならないのだ。

どんなにシュミレーションしても、不安は尽きない。

ただし、一つの経験則にはなった。
次は、もっと知恵があるだろう。

富士登山に準備と研究、
事前の用意周到は必須だ。


『富士山を――。
 一生に一度も登らぬバカ、2度登るバカ』

との、ことわざもあるが、
その意味では、俺は一回でコリゴリにはならなかった。

むしろ、又、近い将来、バカになって、
チャレンジしたい。


 

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