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10月21日 火曜
「特捜テレビ・ガブリンチョ」2本撮り。四谷のスタジオ。
1本目、×ーGUN。
2本目、バカルディ、三村くんがゲスト。
我々は、コマーシャルの姫「コマ姫」コーナー司会。
アスペクト刊、西条昇編・著『平成お笑い最前線』読む。
企画段階で、対談などお願いされていたのだが、
お笑いの状況についての発言するのは、
今の時点でやめたいとの理由で参加しなかった。
それでも、爆笑問題のインタビューのなかでオレはとりあげられ、
〜〜博士は後継者を育てる意識があるんだよね。
でもオレは、ネタ見せに行ったこともないし、
アドバイスも与えたこともない〜〜
と太田の発言があり、その項の見出しは
「好きなのはお笑いであってお笑い界ではない」と書かれてある。
こういうのは典型的な、
〜〜引きあいに出される〜〜って言うことだ。
西条さん、仕事は確かに剛腕、猛烈だが、
これは、オレの本意を逆なでしてるよ。
しかも、西条さんと最近ではシンパシーと相互理解があるところで
やっている意識があると思ってたのに。
本当に細かいところだが芸人情の機微に欠ける。
自分が一人前に育ってない癖に「後継者」を作るバカがどこにいる?
何時、オレがネタ見せや、
アドバイスを自主的に喜んで「お笑い界」のためにはじめた?
そういうことじゃないだろう。
〜ってなことは、わかってくれてるだろうと思ってたのに。
前田日明がターザン山本を相いれないような気分がここにはある。
演者と批評家の距離がある。
オレが現場でやってることは、そういうもんではないのにね。
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10月22日 水曜
14時。FM栃木の堀越さん、来宅。
12月の公開録音、番宣録り。
20時、東京FMへ打ちあわせ。
ここで、安室とSAMの結婚号外報道初めて知る。
夜、殿にお呼ばれして、六本木でお寿司ご馳走になる。
ラジオの話かと思いきや、一切、その話はなし。
この時点で殿は安室の話を知らなかった。
我々から聞くと、
「なんだか興奮するな〜。
とりあえず酒をあおろう、飲まずにゃいられねぇな。」と。 .
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10月23日 木曜
ビバ起床。
15時より、TOKYO FMホールで「HANA-BI」試写。
2回目。初めて見た時の印象より、重く鋭く突き刺さる。
映画のサブストーリーとして、フライデー事件や、
バイク事故などのビートたけしの人生を知っている日本人は、
魂焦がされるものがあるだろう。
それを知らぬ、外国人の胸にまで、届いてしまう映像表現は、
まさに世界レベルの革新的映像なのだろう。
映画を見終えて、半蔵門の風景がまったく違うものに見えた。
それでも、映画の感動は日常のとっては絵空事であり、
思春期を過ぎた、我らにとって風化してしまう感動には違いない。
それでも、言えることは、垂れ流されるテレビ番組に比べて
永遠に作品として継承される
映画のジャンルで世界最高峰の賞を受けた殿が、
また新たなる自分への起爆剤として、猛烈な自信を回復し、
この世界に再び(いや、いったい何度めだ)
君臨しようと意気込む姿は、
我々にとっては嬉しい限りだ。
スタジオボイスのインタビュアーの篠崎誠が
「教祖誕生」の一節を引用して、
「真の批評っていうのは実践のなかにしかない。それは非常に
不自由な行為なんだ」という言葉にドキッとしたと書いてある。
〜不自由であり、滑稽なことなのだ〜と書きたせば、
まさにビートたけしの歩みそのものだ。
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10月24日 金曜
19時より
「ビートたけしのオールナイト・ニッポンDX」が放送され、
それを聞きながら、10年分のノスタルジーに駆られながら、
半蔵門のTOKYO FMへ。
そして、殿と赤江くんと3人でラジオをやる。
〜〜これは感慨深い。
今回のキャスティングは殿の威を借りる〜のニュアンスは
否定できないところだが、我々のとっては、
これ以上の光栄なことはないと思うべき仕事だろう。
監督ご指名のヤクルトのカツノリ扱いであろうとも、
結果を出せばよいことだ。
構成に入ってもらった松田さんは、10年間この世界にいて、
たけしさんとちゃんと挨拶して仕事をするのは初めてとのこと。
それぞれのたけし体験なのだ。
スタジオで殿に
「あいつは誰だ」と言われムゲ鈴木くんを紹介する。
21時より、「街で一番の男〜ビートニクラジオ」収録。
はたして、殿が我々相手に話をしてくれるのか心配だったが、
ノンストップで1時間半喋り続けてくれる。
最初はアップアップな我々だったが、後半は話になっていた。
六本木、寿司屋に。
車で待機していた鈴木くんも中にお呼ばれされる。
寿司屋を出て殿がムゲ鈴木君に「あんちゃん、がんばれよ」と一言。
小林信彦の「ビートルズのやさしい夜」ではないが、
この数日、「ビートたけしのやさしい夜」とでも言うべき、
時間に包まれる。
タモリ倶楽部放送。台詞部分が生かされず残念。
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10月25日 土曜
羽田空港11時半発。大分行き。
溝部学園、学園祭。別府地獄巡りをすることもなく、日帰り。
時間が空いたので青山ブックセンター暇つぶし。
20時。赤坂プリンスホテル別館。
新潮社のたけし本(『コマネチ』)企画で軍団対談。
オレたちからしてみれば、
嫉妬しまくりなほどの羨ましい軍団と殿の蜜月時代の話で、
大いに盛り上がる。
いい話の連続で我々は聞き入るばかり。
殿おたくとして、テープのダビング版頂くことにする。
「しらさか」ダンカンさん、渡辺、ライポ、赤江くんとお酒。
このところ肝臓が痛みだしたので、禁酒を誓う。
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10月26日 日曜
昼から「出張なんでも鑑定団」日比谷大会。
日比谷公園で司会進行。
10日振りのドゥへ。30分5キロ走ようやく完走果たす。
深夜、長電話で責められ困惑。
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10月27日 月曜
ビバリー起床。歯科治療。
ドゥへ。
19時、浅草へ。
高田先生とフグを食べる会。「三浦屋」にて。
昇太さん、早坂と我々。
途中合流のTAKE2 東くん宅。実家のラウンジ「九重」へ。
高田先生は修業時代のペイペイの頃に来て以来、
20年ぶりとのこと。
故東八郎さんの奥様、そしてその子供たちに囲まれて、
高田先生がまるで、「減点パパ」の三波伸介さんの様だった。
今まで単なる
2世タレントの色男だと思っていた東くんだったのだが…
東家の芸人サラブレッドぶりの話に羨ましく思いつつ、
下積み教育を強いる欽ちゃんの姿勢に感心したりしつつ、
深見千三郎の背中を流した少年時代を過去に持つ、
東くんにリアル・浅草キッドを見る。〜ワシも子供が欲しいわい。
赤江くん泥酔で、二人して浅草にあてもなく置き去り状態になる。
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. 10月28日 火曜
ビバ起床。ドゥへ。
見澤知廉『囚人狂時代』(ザ・マサダ社)再読了。
オレが謹慎期間中、人生は牢獄だ〜と思っていた頃、
初めて読んだのだが、あの頃、自暴自棄になっていて、
「ようし、いっちょう
とっぴょうしもねぇことやってやろうじゃないか!
犯罪がなんぼのもんじゃい!」と思っていた時期があるのだが、
この本を読んで、痛み入り、
務所だけにははいりたくないと痛切に思ったものだが、
今回、もう一度読み直してあまりのオモシロ本ぶりに
ノンストップに読み終えた。名著。
これくらいひとつひとつエピソードおもろいと
見澤さんトークショウやりたいくらいだ。
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10月29日 水曜
朝10時集合。
浅草花やしきにてCS番組「キッズ・ステーション」
ゲーム会社広報マン対抗宣伝合戦、司会進行。
16時より、ぶんか社「PENTHOUSE」対談。見沢知廉氏と。
実物の見沢氏はやさ男で、
スパイ粛正の殺人犯にはとても思えない。
散髪。
夜、Kー1予想錬る。
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10月30日 木曜
ビバ起床。
17時半、渋谷ビデオスタジオで『いろもん』打ちあわせ。
19時より、『SRS』Kー1グランプリ優勝トーナメント予想。
控室から長嶋一茂さんとの対決ムードをあおるが、
今回は真面目に語っても面白いカードばかりだし、
30分版では、お笑い担当としてはイマイチ、はじけきれず、残念。
それでも、一茂は指相撲で勝利しておく。
21時より、原タコヤキ君に『格闘ゲリラマガジン』で
前田ヒクソン戦についてインタビューを受け、思わず熱く語り込む。
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. 10月31日 金曜
ビバ起床。
13時、羽田空港へ。帯広へ向かうはずだったのが、
帯広で、プロペラ機墜落事故があり、急遽、札幌千歳空港へ。
千歳から帯広へ、陸路4時間かけて200キロを走破。
帯広のディスコ、キング&クイーンとケンランでトークショウ。
ケンランの方は、指相撲大会でお茶を濁す。
打ち上げで、聞いてみると、
呼んでくれた方が大の演芸好きだったので、
漫才ショーが出来なくて残念。
オレは営業で、なんとなくお遊びめいたことや
顏見せ程度のアトラクションを雑にやったりするのが、
どうしても嫌で嫌でしょうがないのだ、
できれば環境を整えた形で漫才を披露したい〜と常に思う。
元ロコモーションの近ちゃん(近藤)が根室から、
車で4時間かけて来てくれ、旧交を暖めるが、
またしてもアルコールでフラフラになる。
酒弱いこと甚だしい。
博士の悪童日記<97年11月上旬へ>
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