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 4月1日  水曜

 4月バカ。一日中バカ。一年中バカ。
 いや、今世紀中バカか。わし。

 「陰謀のセオリー」ビデオで。
 岡田斗司夫「マジメな話」(アスペクト)読了。
 読まなければ良かった〜とフマジメに思った。
 こうして頭のイイ人に諭されて、わかることは、無意味だ。

 例えば、大槻ケンヂと確認する「欲望の幅=不安の幅」であるとか
 「普通の人は水に浮かべるのに、
  哲学する人は水に浮かべないカナズチである」
 との例えをならえば、欲望の幅をひろげる読書なんか、
 カナズチを増やすばかりなのだ。
 カナズチが増えすぎた人への、対処方法として、
 ミヤダイの提案する、

 「年齢が上であればあるほどハードドラックをやってもOK、
  というシステムにしていくべきだいうことなんです。
  成熟社会、つまり堅い地面のない流動社会では、
  年長者ほどきついんですよ。

  かつての思い出を現実のものとして
  生きていくことができないんですね。
  これは弱者救済ってことなんですけども、
  僕は本気で主張しています。

  若い奴はクスリやっちゃだめ。
  二十代になったら、あるいハイティーンになったら、
  マリファナぐらいはいいだろうというところから始めて、
  セロトニン系のドラッグを許容していき、
  僕ぐらいの年齢になったら、覚せい剤は副作用がありますから、
  覚せい剤と同等の機能のある副作用の少ない
  ドーパミン受容体ブロック系のクスリもOK。

  さらに五十代以上になったらヘロイン、
  アヘン系もOK(笑)っていうふうにやっていいと思いますね。」

 って言うのは、ふ〜む〜って思う。
 しかしながら、ここに出てくる、
 文化人が生来の「世直し」モードを持つとしたら、
 俺など「俺直し」モードしかもっとらんよ。

 サッカー日韓戦。生中継。2ー1で日本敗北。
 めったに見ない、サッカーなのだが、やはり俺にはゲーム。
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 4月2日  木曜

 ビバ起床。曇天、低温。短時間、ドゥで水泳。

 16時、汐留、「朝日ニュースター」CS番組打ち合わせ。
 いろんな意味で、狩谷さんの人徳を感じる。

 ぶんか社に移動。
 ペントハウスの連載「オナニー対談」ゲスト大槻ケンヂ。
 さすがにオナニー文学の大家でもあるし、
 十八番の持ちネタだらけの元祖ダメ人間、
 さすらいのセンズラー・大槻ケンヂだけあって、
 2時間も下ネタにあけくれる。

 そのまま、「三こすり半劇場」の私の修業時代のインタビュー。
 帰宅後、ネタ書き。.
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 4月3日  金曜

 ビバ起床、では、まにあわない。
 ビバ出演で、桜満開の『やなか高田堂』へ、

 本日より、開催の「しょの4」の作品解説に。
 入り時間が遅れ、しっかり作品本
 (表紙がオレの絵が引用されていて、大変光栄ながらも、
  一言、言えば元絵は、
  白玉ソースの昭和初期のマッチの絵柄の引用なのです)
 も読めておらず、ラジオ的な解説になっていなかったな〜、
 と反省。

 高田先生とスタッフと谷中の蕎麦屋で食事。
 落語の神様、三遊亭円朝師匠の墓参り。
 先生の実にうんちくある、面白い解説付きで。

 球春、プロ野球開幕。巨人、ヤクルトに勝利。桑田1勝。
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 4月4日  土曜

 9時起き。
 茨木、日立化成工業、五所宮工場へ、車で。
 柏木みどり司会、屋外グランドで漫才30分。

 急いで、引き返し、東京ドームへ。
 16時開催になんとか間に合う。
 『アントニオ猪木引退試合』、ケツカッチンで、時間を気にしつつ、
 なんとか最後まで見届ける。
 7万人の観衆の中にリングに入場する猪木の姿に神を見た。
 セレモニーでアリや、カーン、天龍、
 そしてリングサイドに前田までやってきた。

 トーナメントで小川が敗れるという、謎かけを見せられた時、
 「猪木、勝つつもりなんだ〜」
 と思い、この期におよんでも、
 強欲な英雄、猪木思想をつくずく感じさせられた。
 この格闘リアリズムの平成の時空を
 再び昭和の異種格闘技戦時代にひきもどす、
 猪木なら何をやってもいい〜猪木劇場・猪木神殿のなか、
 身震いものの古館実況の後、
 7万人の信者の前に猪木の最後の(?)
 ありがたきお言葉。

 私は今、感動と感激、そして素晴らしい空間に立っています。
 心の奥底から涌きあがるみなさまに対する
 感謝と熱い思いを留めることができません。
 カウントダウンが始まってから、かなりの時間がたちました。
 いよいよ今日が、このガウンの姿が最後となります。

 思えば、右も左も分からないひとりの青年が、
 力道山の手によってブラジルから連れ戻されました。
 それから38年の月日が流れてしまいました。
 最初に、このリングに立った時は
 興奮と緊張で胸が張り裂けんばかりでしたが、
 今日はこのような大勢のみなさまの前で
 最後の御挨拶ができるということは、
 本当に熱い思いで言葉になりません。

 私は、色紙にいつの日からか
 闘魂という文字を書くようになりました。
 それを称して、ある人が燃える闘魂と名付けてくれました。
 闘魂とは、己に打ち克つこと、
 そして戦いを通じて己の魂を磨いていくことだと思います。
 最後に、私からみなさまにメッセージを送りたいと思います。

 人は、歩みを止めた時に、
 そして挑戦を諦めた時に年老いていくのだと思います-----。

  この道をゆけば どうなるものかと
  危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
  踏み出せば その一足が道となる
  迷わずにゆけよ ゆけばわかるさ〜



 このアジテーションの完璧さは、
 昔、同じドームで冷やかしに見に行った、
 バカボンパパ、いや失敬、最初の大川隆法生誕祭の演説以来か。
 独特の猪木話法で、何度でも復唱すべし。
 書ききれぬ熱い思い、とにかく拍手と感涙、感謝。

 21時終了で、飛び出し、CS「朝日ニュースター」で、
 22時半より『CSでゲーム!』生放送。
 清水ミチコさんと司会。
 赤江くん、伊集院は、戦力で、まかせて安心。
 オスカーモデル二人(川上エリ・小笠原理恵)も
 きれいでいいんじゃないの、
 そして吉田真由子。

 信長の野望をテレゴングで、進める番組だが、
 「CSなんか、誰が見てんの?」の根本的不安のなか、
 3万5千件のアクセスあって一安心。

 ヘトヘトで帰宅しながらも、
 HP上のトラブル発生がひろがっており、
 とにかく、ネットって聞こえなくてもイイはずの
 可聴領域外の話さえも、
 聞こえてしまう〜ってことで〜。
 もう面倒に。
 パスワードの変更。

 まあ、あらゆることに、芸人的、
 猪木的「どうってことねぇですよ」の覚悟さえあれば、
 どうってことねぇですよ。
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 4月5日  日曜

 ネタ作り。
 だが、いろいろと、気が散って、気が散って。
 車でネタ合わせしていたら、久本マチャミ姐さんを発見。
 タクシーを拾えない様子だったので、車で送る。
 「あんたたち、ネタ合わせ、エライね〜。熱心ね〜」と。
 「姐さんは、これから?」
 「これから、御信心よ〜」と。
 あんたの方が熱心ね〜。.
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 4月6日  月曜

 「第7回 浅草お兄さん会」。
 同じ時間にテレ朝では、猪木引退特番にもかわらず、満員御礼。
 俺たちが帰って見たいほどなんだけど。

 優勝は、東京ダイナマイト、
 2位が、ニトログリセリン、3位が、骨太熱、
 一応、我々も猪木引退試合からめてネタやるが、
 未調整のままで、〜がそれでも、そこそこになんとかなるから、
 よくないのかね。
 猪木ネタ、猪木に対しケチョンケチョンではあるのだが、
 本音はそうじゃないから、そういうお仕事なのだ。

 打上げ早々に帰宅後、
 猪木特番、うお〜と声をあげながら、面白がりまくり。
 特にアリ戦の映像は貴重であった。
 猪木の引退コメントの前の古館さんの館内実況が、
 カットされてるのは不可解。

  <古館アナのナレーション>

  闘う旅人・アントニオ猪木-----。
  今、相手のいないリングに猪木はたった一人でたたずんでいます。

  思えば38年に及ぶプロレス人生、旅から旅への連続であり、
  そして猪木の精神も旅の連続であった。

  安住の場所を嫌い、突き進んでは出口を求め、
  飛び出しては次ぎなる場所に歩を進め、ドン底からの新日旗揚げ、
  世界王者とのストロングマッチ、大物日本人対決、
  格闘技世界一決定戦、IWGP、巌流島、
  人質解放、国会に卍固め、魔性のスリーパー……
  決して人生に保険をかけることなく、
  その刹那、刹那を燃やし続ければよいという生きざま。
  猪木は、このあとの舵をどの方向にとろうというのか。
  一人ひとりのファンの胸には今、
  どんな闘いの情景が映し出されているか。

  猪木は、全ての人間が内包している
  闘う魂をリング上で代演する宿命にあった。
  我々は猪木が闘いの果てに見せる表情に、
  己自身を投影させてきたのだ。

  しかし、この瞬間をもって猪木はこのリングから姿を消す。
  我々はどうやって火をともしていけばいいのか。
  物質に恵まれた世紀末、商業主義に躍る世紀末、
  情報が豊かで心が貧しい世の中、
  ひとりで闘うことを忘れかけた人々…

  もう我々は、闘魂に癒されながら
  時代の砂漠をさまよってはいられない。
  我々は今日をもって猪木から自立しなければいけない。
  闘魂のかけらを携えて、今度は我々が旅に出る番だ。
  闘魂は連鎖する。

  1943年2月20日、鶴見に生まれしひとりの男の子。
  姓名・猪木寛至、闘魂の火ダネ。
  貴方を見続けることができたことを光栄に思います。
  燃える闘魂に感謝……
  ありがとう、アントニオ猪木!
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 4月7日  火曜
 
 9時起き、テレ朝六本木センター。
 ガブリンチョロケ。
 「新番組・影武者徳川家康、高橋英樹クイーン決定戦」
 進行、仕切りを、辻アナウンサーと。
 赤江くんはおばさん軍団の中のかきまわし。

 楽屋で、昨日の猪木特番および、
 引退試合の話に辻さんと盛り上がるが、
 速報で視聴率10.2%と聞き、がっくり。
 猪木の38年間の集大成が、
 パフィーの深夜番組より、率が悪いなんて〜。
 それでもこの数字を聞かされた、
 辻さん「痛し痒しだ」と。古館特番でもある、
 この番組が超高視聴率であれば、深夜帯で掘り起こし、
 がんばってきた自分へのある種のダメ出しでもあるわけなのだ。
 どこの世界も闘争なのだな〜。

 番組Pの浅海さんが、
 以前猪木とバクダットに行った話を聞いて俄然興味涌く。

 番組の収録は、
 30人のババアファンをいじりつつ、毒蝮気分を満喫し、
 そして英樹さんの大らかなる、人柄で実に楽しく終わる。
 「いやあ、キッドは、こういうの、うまいんだね」
 〜と辻さん、高橋さんに褒められるが、
 こういう使われかたなら、テレビ的にも、うまく自分をはめられる。
 (って自分は前からよく、わかってるんだけどね)
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 4月8日  水曜

 9時迎えで、芝ボーリングへ。
 「マガ不思議」ロケ。
 昨日の夜の深酒が悪いのか、
 二日酔いで嘔吐と下痢が激しく朝からフラフラ。
 谷村さんと原千晶のボーリング対決実況。
 六本木スタジオで前振り収録。

 TOKYO-FMで打合わせ。
 巨人が開幕5連勝(ダンカンの満塁弾で決めた)

 そして、郷ひろみが離婚だ。
 「MONOマガジン」を読んでると
 岡田斗司夫のおたく日記にダンカンさんへの悪口が、
 しょうもない揶揄で書かれてあった、
 本当にいけすかない文化人野郎だな〜。
 当人の前で言わず、しかも当人の連載がかぶる雑誌の中で言うなんて。
 俺は、日記で人の悪口書くのはやめよう〜とここに悪口を書いておく。.
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4月9日  木曜

 10時起床。雨の中を横浜アリーナへ。
 「Kー1キングス」大会。
 豪華なパンフレットに我々のガセネタ解説が
 カラーで掲載されてるのは、
 ウレシ。

 「SRS」収録。
 Kー1ガール常識クイズ。
 待ち時間を田代さんと延々とお喋り。
 
  △ セフォー(引き分け)フィリォ△
  ○ スケルトン(KO) ノルキヤ●
  ○ ベルナルド(KO) マイナース●
  △ 佐 竹 (引き分け)スミス△
  ○ フ グ  (判定) シュースター●
  ○ アーツ  (判定) ホースト●

 矢田亜希子とリングサイド観戦。
 試合中から、とって出しの放送で、
 中継スタッフはてんてこまいの作業。
 清原Pは、KOシーンが少なかったことを残念がってた。
 恒例のパーティーは辞退して帰宅。

 「ビートたけしのD-1グランプリ」
 「98K-1キングス」をビデオで。

 K-1、やっぱり会場以上の面白さ、
 前振り映像、解説、カメラワーク、スロー再生など、
 お茶の間観戦の方が情報量が多くオモロなのでは。
 格闘技番組としては、放送分の取捨選択に優れ、
 スタッフの技量が高いのだろう。

 今後、Kー1会場では、
 FM放送の受信イヤホン導入してはどうか?と思う。.
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 4月10日  金曜

 ビバ起床。 
 夕方からドゥへ。
 丁度、連絡とろうとしていた、エガちゃん、寺ちゃんと遭遇。
 エアロビ中級、初級と一時間半も、ヘロヘロに。
 しかし、郷ひろみの「ダディ」読みながら、
 バイクをやってる姿は情けない。

 帰宅後、「ズンドコ応援団」原稿書き。
 今こそ訴えたいことなので、
 字数制限があるので削除など多々あるので、オリジナル原稿。

 4/8、日本テレビの深夜番組「いろもん」に出演した
 立川談志師匠に対し、司会の鶴瓶さんは
 実にシュートな願いを投げかけた。
 「小さん師匠と仲直りしなはれ」と。 
 それまでのバラエティー番組の雰囲気がさっと代わり、
 談志師匠は、
 「よく、飼い犬に噛まれるって例えもあるが、
  俺に言わせればその飼い犬の大きさも知れ!」と、
 その関係修復の可能性を否定したのだが、
 しかしながらその眼は、うっすらと涙がにじんでいたのだ。
 〜って書いても落語界の話など、
 何の話だかわからない人も多いだろう。

 (人間国宝、小さん師匠(83歳)と談志師匠(60歳)は
  師弟の間ながら、仲たがいしたまま、
  既に15年の月日が流れているのだ〜)

 その話を踏まえて猪木引退試合の話だ。
 まさかと思われた、我らが前田日明が4月4日の
 東京ドームのメインイベントにリングサイドに現れたのだ。
 もちろん、前田の姿がオーロラビジョンに映し出されただけで、
 客席はどよめく。

 モハメッド・アリ、バックランドなどの、懐かしき、
 偉大なるオールドネームに囲まれた、引退セレモニーのなかでも、
 誰よりも歓声が大きかったのが、
 前田と猪木の抱擁シーンであった。
 「まさか、前田が来るとは!」
 なぜに、我々が驚いたのか?
 それは最新の週刊ファイトのインタビューの中で
 (東京ドームに行くのか?との質問に)
 「いいや、何の話もない、まぁ、行くつもりもないけどね。」
 と前田は冷ややかに答えていたからだ。

 週刊プレイボーイ4/21号の前田日明伝説「無冠」には、
 その裏事情を前田本人が
 「確かにそんな義理や義務はないと思っている。
  だけどな、やっぱり猪木さんは曲がりなりにも
  俺を格闘技の道に導いてくれた人なんだよ。
  そう考えるとな、参加しないとな。
  本当に猪木さんとはいろいろあった。あったけどな、
  この世界に入った時の出発点でいろいろとお世話になった。
  その恩は忘れてはいけないと思う」と語っているのだ。

 そしてその根本は、体に流れる、目上の人間を敬う。
 受けた恩は決して忘れない〜儒教的教えであると。
 (この連載は前田の出自、暗黒の少年時代から
  語り始めており、非常に興味深い)

 さらに付記しておけば、
 4/7の東京スポーツの猪木の手記「開天扉」には
 「私自身、次の世代を背負うのは前田日明だと考えていた」
 と一行あるのだから。
 我々としては、なんとも、嬉しい限りのエールの交換と言えよう。
 
 一方で、残念ながら一部専門誌(週刊プロレス)で
 リングサイドに来て欲しいと熱望されながら、姿を現さなかったのは、
 パンクラスの鈴木選手である。
 そしてその理由は
 「絶縁宣言したあの人(=前田)がくるなら行かない」という、
 理由であった。
 残念なことである。

 我々のような、門外漢が
 さしでがましい意見をしたいわけではない。
 各自の団体が各自のポリシーの中で
 理想の「闘い」を求めていけばいい。

 ただ、こういう「引退」の席に、恩讎の彼方に、
 さまざまな人間関係の綾の果てに、敢て姿を現し、
 その存在で客席に今までの共有しおえた物語を訴え、
 闘い以外の語り合う姿を我々、観客は見たがってる。

 だからこそ、今、我々が鶴瓶さんになって、
 前田兄さんに頼みたいのは、前田の一番弟子であり、
 たった一人のリングス旗揚げの時のメンバーであった
 長井満也選手との和解なのである。
 (詳しく書かないが、その解雇の状況について
  法廷闘争との話もあり現在決裂中なのだ)

 さらに書かせてもらえば、
 前田の引退試合の時にリングサイドに
 パンクラスの選手がいることすら心から願ってる。
 そして、プロレスファンとって、
 G・馬場の引退試合の日に
 馬場と猪木が抱きあうシーンこそ見果てぬ夢だ。
 
 皆さんもそうは思わないか?ど〜ですかお客さん!

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