11月1日  日曜

 日曜日なのに、新幹線に乗せられ、
 名古屋から、名鉄に乗り替え、
 いつのまにか、着いた先は、知立・アピタ店、
 所謂、大型スーパーですな。
 ここで、『名古屋テレビ・チャレンジフェスタ』という、
 イベントでネタおよび、オークションの司会および賑やかし。
 帰りにウイロー、赤福のお土産購入。

 中野で、お好み焼き&もんじゃ。

 夜、英語のお手紙を書く。
 イタリアのゴルボンゾラなるチーズを食すが、
 止まらず一本食べきる。.
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 11月2日  月曜


 
4時間睡眠で朝起きて原稿。

 13時より、中野ZEROホール視聴覚教室にて、
 『浅草お兄さん会』のネタ見せ。
 ここ数ヵ月、ネタ見せ日と仕事が重なり、
 (赤江くんは、朝からドラマのリハーサルで不在であったが)
 単身、久々に立ち会う。

 30組を約4時間かけて見るのだが、
 大半の都内ライブを、はねられてる人達の集まり
(「そういうネタは女子高生にはうけないよ!」などと言われるらしい)
 なので、どうしようもない〜
 あるいは華がない〜
 あるいは、年を食いすぎてる〜
 人前に出るのが初めてであがり倒し〜
 そういう人達なのだが、退屈することなく、見続けられた。

 今までは、所属事務所の確認と結果を言うだけで、
 ネタの内容には全てノーコメントであったが、
 今回は、あえてオレの参考意見を全出演者に口にする、
 同じメンツが何度も同じ理由で落ちているのが忍びないので、
 傾向と対策を言うことにした。

 終了後、皆で『青葉』のラーメン。
 オレが学生時代には忌み嫌っていた部活みたいなもんですな。

 岩月和尚来宅。衣替えの衣類押し付ける。

 5千歩走1時間。

 夜、フロムAの編集者谷田さんに連絡とり、
 11・23のバトラーツ両国のあおりが間に合うよう、
 原稿を差し替えるようお願いする。
 確かに仕事を増やし、迷惑であろう。
 で、その原稿書きを急ピッチで書き上げる。面倒?
 でも、やるんだよ!!

 早くも!「TVブロス」の新連載
 『お笑い・男の星座』の反響があったのだが、
 やっぱり、意識的に時代錯誤にあの文章、文体、
 を今時、しかもあえて「ブロス」で書いていること、
 全編、梶原一騎調と言うか、その引用であり、
 パロディであること
 かつ、コラムなのに劇画調であることを、
 わかってもらえてないのに、いささかガックリ。
 だが、このネットで偶然出くわす人だっているのだ。
 一人でも多くの人に読んで欲しい、梶原一騎の「男の星座」。



(アース出版局から、再発されてる全8巻、今のところ4巻まで)
 買って読んでちょうだい。.
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 11月3日  火曜

 
朝早起きして原稿。
 11時迎えで、池袋、立教大学へ。
 「ミスコン」の司会。
 立教のキャンパスに初めて入った。
 2時間半、でずっぱりだったが、面白かった。

 舞台には、きゃわいらしい女子大生、
 それをながめる野郎どもが、わんさか客席。
 だが、司会の我々は根っからの土方だ。
 無論、下ネタ、言いたいほうだい。
 土方の場所柄を考えないツッコミに客は大満足であろう。
 途中、20分漫才もあったのだが、約千人の鈴なりのお客さんに、
 これ以上はないと言うくらいのバカ受け。
 気持ちええ〜で。

 大学祭の、しかも屋内で、漫才ってのが、
 一番好きな営業かもしれない。
 ボキャブラ芸人どもが、ここ数年、この時期、
 一日に2〜3校、廻ってるって話しを聞くたびに、
 オレは、心底いらつくのだ。
 何故なら、大学生相手のお笑いなんて
 遥に我々の方がオモロいからなのだ。

 すっかり、以前に比べたら学園祭の減った、浅草キッドであるが、
 来年は『行き倒してやる』
 今や発注がなくても、あるようにしてみせる。
 その方法、手段は考える。
 まず発言する。そこから、考える。
 これを、偶然にでも読む、どんな地方の大学生でも!
 そういうネットワーク、人脈あるなら教えてくれ。
 『浅草お兄さん会』精鋭で全国の大学を廻ってやる!

 夜、篤くんより、TEL。
 「『紙の前田日明』読みましたよ!
  前田ってかっこいい人なんですね〜」
 「そうか! わかるか!! 君にも!」
 「WOWOWでたまに見てるときは、
  ブヨブヨしていて、カッコ悪いって思ってたんですよ」
 「そうなんだよ、ブヨブヨしてても芯のある男はカッコいいんだよ!」
 「オトーと対談したら面白いのに〜って思いました」
 「それは、もうビートニクのラジオで実現したんだよ」
 「そうなんですか」
 「でも、前田日明でさえ、君の父さんの前では、神妙だったんだよ!
  その姿を見たら、オレたちも無口になっちゃった。
  男が男を知るってのは、そういうことなんだよ」
 「いま前田日明の『パワー・オブ・ドリーム』も読んでいます」
 「そりゃあ順序が逆だけど、まあ、いいだろう、どんどん読みなさい」
 「それと、博士が『紙プロ』読め!って言ってたので、
  紙プロ編集の『トンパチ』も買って読みました」
 「それは、内容わからないだろう?」
 「よく、わかりませんでした」
 「そんなら『紙プロ』本紙ののバックナンバーを全部揃えたげるよ」

 〜気分は『初秋』てところか。
 オレ的には、MEANING OF LIFEといっていいほどの会話だ。
 で、紙プロの編集部に電話して、明日の取材時に、
 バックナンバー全冊、持ってきてもらうことになったのだ。
 これは、むろん、芸能人特権だ。
 一般人は、『紙の前田日明』も『紙プロ』のバックナンバーも、
 購入したまえ!!

 日テレ『スーパーテレビ』で「尾崎豊特集―。」
 日本のオノ・ヨウコ(?)こと、
 繁美夫人が、NYで最初で最後(?)のインタビューに応じていた。
 何が気に障るのかわからんが、尾崎豊モノは見てしまう。
 昔、「女子高生」って名前の漫才師がいて、
 当時は珍しい現役女子高生であった。
 彼女達のネタで、こんな感じのネタがあった。
 尾崎が10代の代弁者って言われて数年経ち、若者に人気絶頂の頃の話だ。

 A「私、尾崎豊、大好き!!
  『十五の夜』、『十七歳の地図』って最高!!
  尾崎豊の言うことなら、なんでも、聞いちゃう」
 B「なんでも?」
 A「そう『尾崎はね、20代を信用するな!』」って
  だから、私は大人の言うことは、絶対信用しないの」
 B「でも、尾崎豊って20歳越えてんじゃん!」

 そういうものだ〜。.
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 11月4日  水曜

 
朝から赤江くんが、TBSドラマの『あきまへんで』、
 藤原紀香とのからみ役(単なる痴漢だけど)で、緑山スタジオへ。
 (11月20日放送予定なので見て笑いましょう!)
 その間、オレ「紙プロ」のバックナンバーを読んでいた。

 15時、「ういすぱー」で坂井ノブくん、チョロくんによる、
 『紙プロ』のバトラーツ・パンフ取材と言う名の喫茶店トーク。

 その後『未来ナース』打合わせ。
 次回からその子先生外出篇に。

 プロレス会場仲間の市橋くんから電話。
 奴が17歳と時から、ただ、そういう関係なのだが、
 「『男の星座』、読んでます」ってことだが、
 23歳なら(まだ23歳かよ!)いい加減、就職しろ!.
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..
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11月5日  木曜

 
朝から、また名古屋へ新幹線。
 名鉄乗り継ぎ、西尾実業学園祭へ。
 タイトー営業で、フロント・バック、野口制作所と一緒の舞台。
 2組とも、オーガスタって弱小事務所ながら、
 しかも、二十歳そこそこなのだが、
 先輩芸人であるところの、我々に
 気持ちのいい対応で、楽屋も楽しかったぞ。
 野口製作所の一方は、慶応大在学とのこと、
 そういう若者も増えるのであろう。
 先輩としての舞台を〜と思うが、立教大では、大ウケなのに、
 この高校では、これが、なかなか、ウケないのは、参ったな〜。

 名古屋駅で待ちあわせ、
 16日、17日、名古屋の「吹上ホール」で、
 大々的に行われる『NTTマルチメディアWAVE 98』の打合わせ。

 あちらの主催者の一人が、会うや否や、鞄から、
 『紙のプロレス』を取り出し、
 「アレク鈴木氏はご一緒じゃないのですか?」と。
 どうやら、イベント会場の巨大スクリーンに、
 このHPが、映し出されることに。
 このイベント対応のため、活字中心のこのページ、
 画像とりこみ大幅に改訂することにする。
 鈴木くん、任せたぞ。

 味噌煮込みきしめんをお土産に、
 帰宅後、ラーメン囃子へ。

 腰痛久々に出だす。
 連日の睡眠不足と電車移動が続くせいか。やべーよ。

 個人的局地戦を戦火広がる前に終結させる。
 他にもやらなきやならんことが、多々あるんじゃ。
 「私生活はきちんと仕事はアナーキーに」

 11月2日より、北野チャンネルで放送されていたことは知っていたが、
 見る機会も機械もなかった『浅草キッド5時間スペシャル』をビデオで。
 5時間も自分を見るのが嫌〜なこともあるのだが、
 降って沸いたような企画で期間もスタッフの人数からしても、
 不本意でどうにもならないだろう〜絶対見ない!と思っていたのだ。

 が、個人的には、放送に使えないだろうと意地を通した、
 10月23日の大阪の舞台を基本的にノーカットで見せた、
 大胆な編集にビックリしつつも、
 ネタ以外は「投げやり」であった我々の態度を侘びて、
 本当にスタッフ全員に頭を下げて廻りたいほど〜であった。
 殿との3ショットが多々あるのも個人的には保存版の家宝ものだが、
 シンプレの本来の魅力爆発の舞台が永久に記録されるだけでも、
 これは、意味があった。.
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 11月6日  金曜

 
14時半、八丁堀の日之出出版『FINE BOYS』取材
 「この人のハマりゲー」のコーナーで、
 「Kー1リベンジ」を体験。
 30分程度、ゲームをやるだけの取材だが、
 日頃、ゲームをやり慣れないオレだが、
 正直なところ、オモロかった。

 TFMに移動。打合わせ。
 ADのレオちゃんから、ラジオに届いた郵便物を渡され、
 特殊歌人の枡野浩一さんが、かなり前に、
 「R&R NEWS MAKER」と言う、雑誌に我々の夏の2時間漫才の様子を、
 報告してくれていたことを初めて知る。
 「俺に関する噂」を全てに目を通すことは、不可能だが、
 水を差されるものは「どうってことねぇですよ」と忘れ、
 励みになるようなものなら、「どれどれ」と何度でも読みたいものだ。
 あんがと。

 TFM地下で、組織の使者と密通。

 帰宅後、
 歌人と云うか詩人つながりということで(本当は明日の番組のため)
 『イル・ポスティーノ』をビデオで。いったい何度目だ。

 そして、エンディングの世界一短い詩が素晴らしい、
 『モハメッド・アリ〜かけがいのない日々』を再見。

 映画の中で、スパイク・リーは、
 「今の若い世代は何も知らない。去年起きたことさえ、
  歴史的な出来事や事件が色々とある。
  1850年代のことを言ってるわけではない。
  若者はマルコムやJFKやアリのことを名前は知っている。
  でも、知ってるだけだから怖い。
  アリの功績を若者は知るべきだ。
  どの時代であれ、本当に本物の英雄はごくわずかだ。」

 と述べている。
 ごくごく平凡などこにでもある、英雄讃歌である。
 そして、そんな言葉を引用するオレは英雄ではない。
 ただ、『マルコムX』をも映画に蘇らせた非凡なる、
 スパイク・リーが言うから価値がある。
 誰かに届く。
 その言葉が俺にも使命が与えられる。
 だから、俺も、日々、日記をつけながらも、
 影響力をつけるために恥ずかしくてもテレビにも出る。

 そして、エンディング。
 キンシャサの奇跡を取材した作家・G・プリンストンの言葉で締め繰られる。

 「後年、アリがハーバード大の卒業式に招かれた
  彼は失語症でスピーチの前に私と草案に目を通していた。
  “盲腸”と言う言葉を教えると
  「よくそんな長い言葉を覚えてるな」と。
  そんなアリがスピーチをした
  2000人のハーバードの卒業生を前に
  手元にカードを用意していた。 
  素晴らしいスピーチだった
  『受けた教育を生かしてよい社会を--』と言うのが主旨で、
  卒業生たちは感動し称賛の声が上がった。
  すると誰かが“即興で詩を!”と。シーンとなった。
  英語で一番短い詩は“微生物の古代記”にあり
  “アダムは男だった”----という詩だが
  (Adam had them=アダムはそれらを持っていた=アダムは男だった。
   発音は、Adam had'em=アダムハダムと韻を踏む)
  アリの詩は、
  ****―。
  2単語―。
  私はアダムの詩より短い詩があると投稿した。
  実に意味の深い詩だと思う。
  ****―。
  アリは大した人物だ」

  即興で、英語で、最も短い詩を(失語症にもかかわらず)詠んだ、
  偉大なるモハメッド・アリ。」

 彼の波乱万丈な人生を考えれば、たった2単語でも鳥肌ものの言葉なのだ。
 興味ない人でも、ちょっと観たくなったでしょ。
 どういう詩かは、映画を観てちょ。
 
 篤くんから TEL。
 「猪木もすごいんですね〜!」
 「そりゃあ、そうだよ。
 「俺は、文春ビデオから出た『猪木名勝負10番』買ったから、
  いつでも、かかってきなさい!」

 深夜、赤江くん、来宅。
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11月8日  土曜

 15時、南麻生のスタジオ。
 23日放送のWOWOW『鴻上尚史のシネマDE晩餐』収録。
 楽屋で、伊集院光と久々に。今日が誕生日だそうだ。
 相変わらず、楽屋話面白い。

 打合せの時、鴻上さんが、
 「アリもフォアマンも知ってるけど、
  このキンシャサの奇跡の試合は知らなかった。
  どっちが勝つんだろうってドキドキしたよ」と。
 いや〜そういうものなのかと実感した。
 梶原一騎のことに興味ある女性など少ないとある人に言われたが、
 オレらの常識は全く通用してないのだなぁ。

 哀愁漂う胸キュン映画を2本ずつ紹介。
 伊集院『トーク・レディオ』『タイタニック最後の真実』
 我々が、『イル・ポスティーノ』
 『モハメド・アリ〜かけがえのない日々』を。
 帰途、新宿御苑前、旭川ラーメン『のざわ屋』

 帰宅後、TBSで昨晩放送の『UFO旗揚げ戦』をビデオで。
 いや、両国の会場で見たときは、いかがなものか?
 と思っていたが、このテレビ放送は、
 冒頭の池上本門寺、丸坊主になる猪木やら、
 道場破り(?)の村上一成やら、
 横浜アリーナの小川のドン・フライとの乱闘を押さえたWWF風のカメラ。
 (佐山の「よし行け!」の言葉とともに飛び出し、乱闘。
  車に戻って「金、金、金、金いってんじゃんねぇこの野郎!」の小川!)
 そして、試合後、フライに詰め寄られても、
 モアイ像の如く、無表情の猪木とか、
 なんだか、いいんだか、悪いんだか、何をやってんだか?
 こっちに思考停止を強いる、わくわくするシーン続出、
 いったいどういう立場で解説していいのか?の近藤隆夫氏も、
 ボクシングの畑山も含めて、とにかく、混沌としていて、謎だらけで、
 どこに向かっているのか、さっぱりわからぬ、予定調和の無さで、
 正直言って会場以上の面白さであったのだ。
 もうTBSには、とにかく定期的に、
 放送を続けてもらいたいとしか言いようがない。.
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 11月8日  日曜

 日曜日だって言うのに、新幹線で京都へ。
 タクシーで、琵琶湖のほとり大津まで。

 7館もの映画館が一つのビルに収められた、
 近代的なシネコンプレックスの
 大津7にて、100万人突破記念の映画トーク。
 『プライベート・ライアン』を上映。
 その前に30分。まるでオスギとピーコのごとく映画話しを要請される。
 移動時間の長さの割りには、短いお仕事だが、
 呼んでくれたのは『ラジパラ』の元リスナーの様子で、我々もご機嫌に。
 スクリームの仮面まで貰う。

 京都土産に「おまん」。
 赤江君来宅。泊。.
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 11月9日  月曜

 「第12回浅草お兄さん会」満員御礼。
 そして、プロレス団体、TPG(たけしプロレス軍団)
 改めKPG(きよし、改めキッドプロレス軍団)発足宣言。
 よって今大会優勝者は、11・23バトラーツ参戦権を得る。
 (ったって、別に出たくない奴もいるだろうけど…関係ない)
 1 古田 古 (漫談) ・
 2. 王様と私  (漫才) ・
 3. 良吉7番 (コント)・
 4. 松原K介  (コント)・ 
 5. U字工事  (漫才) ・            
 6. ときめき  (コント)・
 7. 岩月秀樹 (コント)・
 8. スタミナジャック(漫才)・
 9. 国井正勝 (漫談) ・  
 10. マキタスポーツ (漫談)・
 11. 米粒写経  (漫才)・
 12. 骨太熱   (漫才)・
 13. スピーク☆イ−ジ− (漫才) ・  
 14. ニトログリセリン (漫才)・ 

 優勝はこれで5連覇のニトログリセリン。
 2位は、スピーク☆イージー。
 3位にマキタスポーツ。

 個人的には、優勝は博多明太ロックのマキタスポーツか
 バカ殿トキメキ。
 この日、東京ダイナマイトは、下北沢の「ゴールドラッシュ」で。
 客席評1位ながら、審査員選出では、準優勝に。
 我々は、『あきまへんで痴漢事件』ネタ(トーク?)30分。
 恒例の打ち上げはなし。

 新中野「武蔵屋」ラーメン。アキラらと。
 赤江くん来宅。
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11月10日  火曜

 寝る間もなく、12時より虎の門の発明会館内のスタジオで、
 『ビートニクラジオ』収録。
 先週、ゲスト選手権と題して番組一本、1時間かけて、ふっていた
 島田洋七師匠がゲスト。
 喫茶店で一時間、放送で2時間の爆笑話し。
 「夜、一杯、行くからな」と、殿に声をかけられ解散。

 15時事務所、FM栃木、堀越さん来社で、
 12・12の栃木イベント、番宣収録。

 16時、『MORE』誌取材。
 「鈴木その子先生ってどんな人」
 衣装受け渡し。
 
 フラフラで帰宅後、一服のつもりが、
 ライポ、ウド鈴木コンビが、来宅。
 泥酔ライポに絡まれ仮眠もとれず。

 22時、殿呼びだしで、六本木。寿司屋に、洋七師匠とともに。
 ツービートとB&Bの面白い方に囲まれて、酒を飲んでると思うと、
 「この世のものとは思えぬあの世」状態で、飲まずにやいられない
 『ザ・ガマン』収録時の名古屋以来の本間さんと遭遇。
 アミーゴ、四谷、おでん、千駄ケ谷、洋七師匠宅。
 師匠のビデオを見ながら朝6時まで。
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