3月11日  木曜

 13時30分、
 渋谷、テレビ東京新番組『格闘コロシアム』の記者会見。
 恵俊彰、来栖あつこ司会の新番組。
 我々はご意見番的役回り。
 修斗の佐藤ルミナ、パンクラスの渡部謙吾、
 キックの魔裟斗、が番組イメージキャラクター。
 3人とも短髪・金髪でカッコイイ。

 一番好きな格闘家は? の質問に、
 「猪木さんで育って、前田信者でした」と答える。
 「ただし、格闘技が好きだから、ジャンルが好きだから
  個人の確執や因縁にはこだわりたくない、
  全局のニュースで報道されることこそ、理想です」と答える。
 本当にそういうことだ。
 アブダビ・コンバット帰りのルミナとお話。
 「明日はSRSに行きますよ!」と。
 
 T−FM打ち合わせ。
 なかにし礼さんがゲストに来ることに。

 倉敷よりTEL。
 バッド・ニュース。
 こういうことが、次々と起こるのが歳をとるということなのだな。
 自分が例外なのではない。
 そういうものだ。

 帰宅後、
 朝まで藤原紀香SRS卒業漫才、男の星座、東スポ原稿と。

.
..
 
3月12日  金曜

 寝坊。
 12時、事務所で『IDОダイアル』収録。

 お台場フジテレビ『SRS』収録へ。
 エレベーターに乗ったところで
 持病の腰痛発生。
 息するのも苦しい異常事態。
 楽屋で倒れて応急措置で「バンテリン」を塗りたくる。

 15日から仕事で旭川の自衛隊で
 地獄の雪中行軍に参加する予定があったので
 青ざめる。
 が、念のため衣装さんに「さらし」を発注。

 本日は藤原紀香SRS卒業イベント。
 『紀香ファイナル』と題してスタジオにリングが組まれ
 マスコミ殺到のもと大規模な収録現場に。
 これだけの錚々たる格闘家を集められるのは、
 アラブ首長国連邦のタハヌーン王子様か、紀香か。
 もはや、世界注目のノリカ・ルインスキーではないか!

 この大舞台に浅草キッドもオンエアー対応してなくてもOKだから、
 格闘技のマニアックなネタものをと発注があった。
 団体の枠を超えて世界中から有名選手が集まり、
 信じられぬような VIP揃いの中で、何をやるのか。
 観客も後楽園ホール並に入ってる。

 自分が敬愛する格闘家の面前で、
 お笑いの自分らのスタイルを変えず、
 しかも取りようによっては「笑いもの」にしていると
 誤解されそうなことを本人達の目の前で出来るのか?
 実に窮地であるし、
 そういう「お笑い」はありえないではないか。

 でも格闘家と絡めばガンバルマン的な「お笑い」しかないのが、
 かねてからの不満だったのだ。
 エッジの効いた、言葉の強い、マニアックなお笑いがやりたい。
 例え、本人の前でも。誰が見ていようとも。
 でも役割を振られるわけではない、
 この「なんでもあり」の状況こそ
 お笑い的にもオクタゴンではないか。

 出番前、正道会館の角田さんと殿のお話。
 「中学時代、何にも出来ず、いじめられ子だった僕が、
  こんな風になれたのも、殿の『オールナイト』のおかげです」と。

 小川風登場、お宝鑑定コーナー。

 そして大仁田風に扮して登場でネタもの。
 
 一昨日の日本テレビでの、
 「自分で自分が嫌いになる失態」があるので、
 どんなことがあっても
 絶対ひるまない、一歩も譲らぬ、と決め覚悟して最後まで。

 タイトロープなのではあろうが、客は沸く。
 スタッフや関係者がこいつら何を言いだすかと、
 ハラハラしている様子がリングの上から見て取れる。
 この一瞬に麻薬的な快感がある。

 が一点だけ、
 予想だにしないことで? おおしくじりの事態に。

 このイベントで駆けずり回り、
 目を腫らしてさまざまな調整をしていた
 スタッフに迷惑がかかるとしたら申し訳ない。

 生徒に人気はあるが、
 校長先生に嫌われて退学させれる生徒の役みたいになってるのか?
 俺たち。
 でも帰途、各選手に「最高!」と声かけられ、
 特にイジッていた村浜武洋選手などに「オモロかった!」と、
 言われると嬉しい。

 終了後、
 リングドクターで来ていた
 K−1ドクターの中山先生を同乗してもらい
 そのまま中山先生の治療院へ。
 レントゲンやら座薬やら痛み止めやら
 いろいろと親切に診察してくださる。
 「雪中行軍行ってもいいですか?」
 「普通の医者ならダメだと言いますが、私はリング・ドクターだから、
  選手のやりたい人の意志は尊重しますよ」と。

 今日のことも俺が気にかけているように見えるのか、
 最後に
 「本当に傍から見てもストレスの多い仕事だけど、頑張って!
  格闘界よりお笑い界のほうがファンのマスは大きいのだから。
  絶対大丈夫!」と。
 治癒とはこういうことなのだろう。
 「ようつう先生」ありがたかった。

 阿佐谷ラーメン『八面六臂』しょうゆ、美味かった。
 「もんもう先生」ってお話。

 生放送の日本アカデミー賞で
 HANA−BIの殿がまさかの無冠に。
 主演男優賞で、確執のあった津川雅彦の隣に、
 殿が並ぶ瞬間はハラハラ、そして興味深い。

 そしてWOWOWの前田特番『格闘王の軌跡』
 さまざまな確執があった猪木も佐山もコメントを寄せている。
 同じように観客にとって英雄でありながら、
 袂を分かち、それぞれに信じた道を行く。
 「この世は全て闘争!」を自分に言い聞かせる一日。
 
.
.
 
3月13日  土曜

 完全オフだが、大事をとって体を横たえる。
 腰の爆弾にクールダウン心掛ける。

 夕方、阿佐谷、永福、西新宿をぐるりと。
 『さわだ』で一人で食事。

 テレビ『めちゃイケ』の岡村受験の
 用意周到さ(5ヶ月も前から!)と
 企画の小ネタ・作戦連発に感心。
 

 大槻ケンヂの『のほほん日記ソリッド』(ぴあ)読了。
 掲載誌の『TVぴあ』は、
 この連載と伊集院光の連載を止めた時、
 俺は購読を止めたのだ。

 日記を書くことは精神的ストリップである〜と
 かねがね思うが、
 主に俺の場合は、
 自分の備忘録と俺の観客への無償の掲示板であり、
 まだ見ぬ客への営業である〜と思っている。
 が、オーケンの場合は、まさに芸であり、
 文学であり、商品だと思う。

 「のほほん日記の1」は、
 オカルトに傾倒しながら自律神経失調症に苦しむ、
 ダメ人間ロッカーのため息だらけで、
 その自分の晒し方も、バカバカしくもド偉いと思ったが、
 今回は、ロック産業に組み込まれ、バンドを放棄せざる終えない、
 ダメ人間ロッカーのため息が聞こえ、
 またしみじみと切なくかつ爆笑。
 バカ日記の合間に挟む
 「宿無しよ、世界は、世界は遊びとは思えない
  殺し合いのようなキャッチボールなんだよ!」
 「死ぬことも生きることもなく、ただ日々が過ぎていくと
  日常はなぜだかウトウトとつらく時にはむなしく思えてならない。」
 なんてフレーズに胸キュンなのだよ。
 文句無くオモロ!
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3月14日  日曜

 午前中、カセットのジャヶのプリントアウトに来宅あり。

 昼に神代さんと阿佐谷で待ち合わせ、
 仕事場まで車で送りつつお話。

 本日はUFO横浜アリーナ興業、
 あるいはSKY PerfecTV!の「百人組手完全中継」を見たいのだが、
 義理あって『六本木CORE』へ。
 マキタスポーツ、卍、ハゲ鈴木とともに。

 『桃色TV』というイベント。
 こういうイベント慣れしてないのでユルユルと時間を過ごすが、
 一ツ橋大学の法学部の学生で、
 ドラッグ・クイーンの知り合いだと言う女性の話を
 聞きながら時間を過ごす。
 俺には、ドラッグ・クイーンなぞ、何がカリスマなのかは
 さっぱりわからんのだが。
 ただし、こういう集いが何故オモロな部分があるのか?
 観察しつつ、マキタとゲラゲラ笑いつつ見る。
 面白そうに見れば、確かに面白い。
 
 3時間ほどで帰宅。
 スカパーの極真・数見の無敗百人組手お見事。

 『みんな悩んで大きくなった』の献本リスト作成。
 面識ある・ないに関わらず、
 本についての言及がある人に、送ってみることにする。
 な、ことは俺がやることではないに決まってるのだが、
 現状で誰も「やらない」であれば、一応「やってみる」
 本が、読まれない位なら、
 最初から出版などしないほうがイイ。
.
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3月15日  月曜

 赤紙到着で、ついに徴兵される。
 フジテレビの『ウォンテッド』の後番組
 『しあわせ建設』の入社試験って設定で、
 自衛隊の雪中行軍に丸3日参加することになったのだ。
 マネージャーの随行はなし。
 
 以前なら確実に断る仕事。
 学生時代に部活やら上下関系やら、体育会系などを
 心底バカにしていた性質なので、
 たけし軍団に順応することさえ、たいへんだった我々だ。
 それを今度は軍事訓練など、あほらしくてやってられん。

 『愛と青春の旅立ち』など名画と呼ぶ声もあるが、
 学生時代の俺は、
 「この殺戮マシーン洗脳教育に泣ける連中の
  バカぶりに情けなくて泣けるワ!」
 などと冷めきって言っていたのだ。
 だが、今回の自衛隊雪中行軍は、
 タレントとしては日本初とのことで、興味を持った。

 気分はトム・ハンクスで望めば良かろうと。
 『プライベート・ライアン』の撮影前に、
 実際の戦争を想定した地獄のような10日間の
 軍事訓練を体験した〜と聞く。
 俺にはスピルバーグの大作におよびはなかろうが、
 そういうものだ〜と言い聞かすことにする。
 フォレスト・ガンプに出来て、何故俺に出来ぬ。

 朝7時発、JAS便で旭川着。
 ディレクターは明治学院大学時代に浅草キッドを
 学園祭に呼んだことがあるんです〜と。

 この入社試験の見届け係にパンチ佐藤氏。
 そして今回、入社試験を受けるのが我々と、
 吉本の『なにわ突撃隊』から竹内ゆうじ君と島田まさし君。

 まったく世の中的には無名な彼らだが
 『クイズ紳助くん』で体を張った突撃レポートぶりは、
 『電波少年』どころではないと、以前から聞いていた。
 この日も、まさし君の方は、
 前日に100キロ走破の仕事をしてからの現場入り。
 ゆうじ君も
 「フルマラソン位なら当日聞いても、今は出来ますよ!」と言う、
 泣き言など一切言わぬ訓練されたお笑い部隊なのである。

 旭川のホテル経由で陸上自衛隊名寄駐屯地へ移動。
 ここで、まず第二偵察隊に体験入隊の儀式。
 「カシラ!右!」など大真面目に。
 
 雪上車に乗り込み、実際の4キロの雪中行軍の模様を見学。
 信じられん、こんな山あり谷ありを駆け巡るとは。
 その後、実際に自分たちにも、スキー装備をつけられ、
 簡単な説明の後、平地を滑ってみる。
 すべりものには、いささか自信がある。
 スキー板ならビンディングで固定され「こける」ことなど無いのだが、
 このクロスカントリー用の自衛隊式のスキー板は、
 板にかかとが固定されておらず、何度やってもこけてしまう。

 ましてや、ほとんどスキーなど出来ない赤江くんにとっては、
 もはや殺戮マシーンだ。
 「今回は赤江くんのワンマンショーであり、おいしいのだ」
 と言い聞かすが、コケ方が危なっかしいなので、
 見てられなく、心配。
 
 が、本日はここまでで終了。
 食堂で、カレーライス。

 俺の周りには、ダメ人間出身で
 結局、食い詰めるボンクラ芸人志願が多いのだが、
 3食、住居付きで体力向上、資格とり放題の上、
 理不尽強制のこの環境。
 自衛隊で1年くらい鍛えて金を貯め、
 芸人修業などしてみてはどうか?
 と思う。

 外来宿舎のパイプベッドに泊まることになる。
 様式化されたベットメーキングなどを教えこまれ、
 絶対服従の挨拶だけを繰り返されるが、
 一生懸命機械になれば大丈夫。
 苦にならない。
 なにしろ、おらあ、ハリウッドスターなんだから。
 トム・ハンクスなんだから。
 みんなで大風呂に漬りながら、
 「パンチさんのバットはやっぱパンチの効いた、
  実にグリップの握りやすいバットですね〜」などと笑い
 「意外と厳しくないね〜」とも。

 我々の前の部屋に泊まり込んでいた、
 自衛隊クロスカントリー部の日本代表チームと
 親しく語り合ううちに就寝。

 真夜中、夜間見回りに叩き起こされる。
 半分夢のなかで、こなす。
.
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3月16日  火曜

 
 6時に叩き起こされる。
 いきなり昨日見学した4キロコースを
 訓練もないままに実際に走破させられる。

 できるわけはない。
 泳げない人間が荒れる海に放りこまれるよう。
 転び、滑り、転び、倒れ、滑り、崩れ、壊れ、滑る。
 受け身を知らない初心者に、
 柔道の猛者が次々と現れ、乱取りされてるようなものだ。

 ようやく目的地に辿り着けば、
 昼食はシマヘビを裂いて食べさせられる。

 その後、20キロの荷物を背負わされ4キロの移動。
 雪におぼれ、ヘロヘロで野営地点に到着。
 天幕(テント)を張るのだが、
 スコップを持ち上げる体力すら残っていない。
 何より今の俺の腰は
 折れた材木を蝶づかいで止めてあるだけの状態なのだ。
 中山先生が用意してくれた腰痛保護用のギプスが、
 材木の継ぎ目をグルグル巻きにして止めてくれているので、
 なんとか持ってる状態だ。
 痛み止め服用しながら、持ちこたえる。

 缶詰めとレトルト食品の夕食。
 自衛隊員とテントの中でお話。
.
.
 
3月17日  水曜

 
 AM3:00、自衛隊風に言えば、
 「ゼロサンマルマル」時に、
 突然、起こされ、敵軍にわからぬよう(って誰のことだ)
 天幕を畳み、谷を越え、移動することに。

 ヒーフーハーフーの後、
 大雪原を見渡し、
 山の頂で日の出時に飲んだ缶コーヒーの味は忘れられぬ。

 次の関門は、
 傾斜角22度の谷の滑降。
 雪質が固く自衛隊員でも直滑降は無理の状況。

 俺は顔面から落ち、そのまま失神。
 蝶が舞い、パラダイスな雪景色の中で
 冒険家の植村さんが手招きしていた…
 おまけに右腕の親指を打撲し、握力がなくなる。
 ま、何があろうとも「怪我は自分持ち」、言い聞かせる。

 なんとか目的地到着。
 軽雪上車の運転実習。
 これはスターウオーズで雪の惑星ホスで帝国軍が乗り回す
 スピーダーバイクの様だ。
 自衛隊にも楽しい演習があるのだな。

 ただし地獄はここから。
 30キロの荷を積んだアキオ(雪上を引っ張るイカダの様なモノ)を
 目的地まで引っ張るレース。
 俺の腰の限界点はとうに過ぎていた。

 事前に筋肉弛緩剤と痛み止めを処方箋の倍の2錠を服用、
 その上、ADさんに「砲撃隊、玉込め〜!」
 と号令し、座薬を菊門に入れて、スタート。

 頭のなかには、なんも考えもなく、時間も、場所の感覚もなく、
 ひたすら前へ前へと繰り返し、
 なんとか走破達成。
 すべてが記憶の外、とにかく終了。
 「これができたから…」などと言う、洗脳意識を自分から排除する。
 こんなことは始めッから、出来るから出来たのだ。
 
 卒業儀式。
 
 お風呂に直行するが、
 目まいで、そのまま脱衣所に倒れ込む。
 薬の回ってる感じ。
 それでも隊員、スタッフともどもジンギスカンで打ち上げに参加。
 ここで正月以来、持病のような制御不能のしゃっくりが突然始まり
 激しく止まらない。
 原因不明の横隔膜の痙攣。
 (しゃっくりの止めかた民間療法でも募集します!教えてください)
 医務室へ連行される。

 「ただの薬の過剰摂取だ」と説明しようとするのだが、
 「ク、ヒャック、ス、ヒヤック、リ、ヒヤック、ヒヤック!グググ」
 の状態で、俺が思う以上にこれは只ならむ事態だと思われ、
 そのまま自衛隊車で緊急に総合病院へと運ばれる。
 なんだかとんでもない事態になってるな〜と思いつつ。
 尿検査、血液検査など受けつつ、点滴。
 医者の診断は「アルコールの摂りすぎですね」と。
 だが、な、わけはないだろう!

 ワシントンホテルへ生きて帰還。
 旭川の有名人御用達の名店『大船』で番組打ち上げ。
 パンチ隊長の下に「おさまりつかんです隊」が繰り出す。

 旭川のホテルで、
 なかにし礼・著『兄弟』(文芸春秋)を読み出すと止まらない。
 まるで絵に描いたような小説! との評も聞いたが、
 行間に風景が現れ、フラッシュバックが繰り返し、
 小説としての展開の博打はさらに仰天、仰天と青天井に続く。
 最後には、『石狩挽歌』が耳に流れ出していた。
 これほど面白いとは…。

 ショウビジネスの世界での圧倒的な成功を手にした著者が、
 これほど悪魔に見入られて、一文無しになっていたとは。
 この本、ベストセラーになる前に父親が送り付けてきたのだが、
 ふと「家族」や「兄弟」のことを考える。

 読み終えると朝のワイドショーでは、
 安室母惨殺のニュースだった。

.
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3月18日  木曜

 11時集合だが、一睡もせずに旭川発。
 空港でクール宅急便。
 機内で何故だか目が冴えて、英熟語の試験久々にやってみたら
 一問も覚えてなかった。
 雪の中で英単語なども完全にこぼれ落ち埋まったな。
 
 16時帰宅。
 山のような郵便物。
 グリル津々井で食事。

 20日放送のテレビ朝日開局40周年ドラマ
 『兄弟』、いち早くビデオで。
 ストーリーを巧みに刈り込んでるのではあろうが、
 希望を言えば5時間ドラマくらいにして欲しい。

.
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3月19日  金曜

 10時起床、
 東スポ原稿、
 週刊ポスト、プロ野球開幕予想など片づける。

 ストーカー嬢よりまたも不幸の手紙が自宅に。
 これだけ書いても、
 まるで反省の様子ないばかりか、
 ますます妄想を拡大するばかり。
 全編、ガイキチ文章なのだが、

 >尾行はやめてください、何回くらい付けてるの?
 のべ何人動員された?
 ゴミもあさった?そこまでするかぁ?
 コンビニに東スポやブロス買いにいくのをコッソリ見ているんですね。
 女性週刊誌にタレ込むわよ〜
 私の処方箋はセックスとマリファナよ〜
 留守宅に忍び込んで食事作るストーカー、
 それそうして欲しいという博士の願望でしょ、
 厚かましい男。厚かましいついでに電話を。<


 などと。もはやお手上げ。
 心配してくださる皆さんのおっしゃる通り。
 呼びかけは無駄でした。
 完全に自分の世界へイッています。
 既に御両親の観察下に置かれているようだが、
 文面コピーして、事務所と当局に廻す。
 さらに警告と監視お願いするしかない。

 17時、
 半蔵門T−FMビートニクラジオ収録。
 なかにし礼さんをゲストに『兄弟スペシャル』2本撮り。
 明日放送のテレ朝ドラマに描ききれない、
 舞台裏を昭和史とともに語っていただく。

 60歳ながらなんともダンディーななかにし礼さん、
 4千曲の作詞。
 3度のレコード大賞。
 売れっ子作詞家として知られるが、
 ドリフターズから、菅原洋一、アリス、など
 その作詞家としの振り子は凄いの一言。
 でも「浅草キッドって何をしてる人なの?」と聞かれる。

 本番終了後、
 西麻生Kにて4人で会食。
 殿もなかにしさんも、常人には考えられない、
 大ヒットを長年に渡って飛ばし続けた、
 質を量がさらに上回る誇る天才そのものである。
 その二人が、何故に自分自身であり続けるのか、
 マジシャンの手の内を聞けただけでも、
 なんとも贅沢すぎる夜である。
 ひばりを語り、裕二郎を語り、大島渚を語り合う二人である。
 「『売れる』ってことは結果だけなんだよ!」
 「でもビートたけしって現象は、後、50年レベルで現れないね。
  長嶋茂雄がそうであるように」と。礼さん。
 「でも、明日のドラマどうなるかですね」と席を立つ姿は、
 大漁に次ぐ、大漁を続けながらも、
 何度でもにしん網を仕掛ける、博打打ちの会話であった。
 お店の前に石田ユリコさんがお迎えに。
 
 西新宿でピックアップ。
 朝まで「カゴの中の鳥」についての話し合い。
 身内と思える人と共に生きるのも、
 普通の自分らしさの追及ではなく、
 お互いの譲歩の連続であるとは思うのだ。
 大きな情熱は大きな不安を呼ぶものだ。

.
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3月20日  土曜

 午前起床。
 雨模様ジクジクジクと腰痛ダウン。
 布団から出られずビデオやら雑誌やら本やら。. .
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