10月21日  木曜

 大二日酔い。
 起きると隣にピクリと動かぬマキタスポーツ。
 14時半、トキノ本社、「未来ナース」収録。

 今回より一年半続いた「その子の花園」のレポーター担当が、
 海砂利水魚に。
 引き継ぎ、バトンタッチ。
 ぶんか社刊「鈴木その子のカリスマスタイルブック」宣伝。

 帰宅後、俺の部屋には
 泥棒メークのようなヒゲ伸び放題のマキタスポーツ。
 寝ぼけ眼で…
 「仕事に行ってたんですか。今、起きました!」と。

 M企画の小島さんからTELあり
 大塚「大塚整形歯科」へ。
 
 夜、東スポ原稿。
 今まで以上の字数厳守を言われる。
 月曜掲載なのに金曜昼締めきりのタイムラグがある状況なのに…
 イライラ。
 もう完全版はネットで読んでくれ。

 10月22日  金曜

 砧、東京メディアセンターへ。
 「誰でもピカソ」収録。
 似顔絵塾ゲスト審査員。
 「やなか高田堂」作品?をテレビで。
 山藤章二先生とお話。
 園遊会のお話をなどを聞く。
 
 そのまま、楽屋でビートニクラジオ収録。
 もう、すっかり熱が冷めたかと思い気や、
 「見とけよ!絶対、パソコンマスターしてやるからな!
  俺は工学部出身なんだからな!」
 と殿がやる気まんまんで息巻く。
 再び掲示板に書き込み。
 殿がいない間、ファービート人形様に吹き込み。

 「俺、やせたろ?」と上半身裸になった殿の姿にびっくり。
 たしかに、おそろしく痩せた。
 偉いもんだ。

 10月23日  土曜

 14時、六本木ベルファーレ営業。
 「インデックス」ってこの不況下に威勢のいい会社のイベント。

 昼間から千人以上の若者で盛り上がっている。
 これはバブルの再来なのか?
 こんな中で何を喋ってもうけないだろうと思いつつ、
 DJの紹介でドカドカドンジャカの中、
 パネルを使って30分のトークショー。
 ちゃんとウケた。

 16時、テレビ朝日六本木センターへ。
 「まずいラーメン王選手権」2本撮り。
 永井美奈子、山田五郎、殿、志村さんのいつものメンバー。
 山田五郎さん(HDP編集長でもある)に、
 「『ホット・ドッグ・プレス』のEメールアドレス掲載、
  グラビアギャルにメール出したくなる衝動が押えられないですよ〜」
 「でもネットアイドルなどと自称してる女は
  おかしいのが多いですよ〜」
 「ネットは全て顔入りにしてくれ!」
 などとと話をしていたところ、殿が乗り出し、
 出演者でパソコン話しに盛り上がる。

 1本目、神戸の「コクリコ」が新潟「東花」に敗れ防衛に失敗。
 東花の親父の酔っ払いキャラが爆発。
 山田まりやゲスト。

 2本目、新潟「東花」連覇。
 名古屋「ひろみ」冗談ラーメンが敗北。
 山口もえもゲスト。

 日本シリーズ工藤が日本シリーズ記録の奪13三振完封、
 ダイエー先勝。

  10月24日  日曜

 朝7時起き。
 新幹線で名古屋へ。
 タクシーで移動、愛知県豊明市へ向う。
 医療法人・藤田学園で学園祭。

 ここは、タイタニック号の船内か?オペラハウスか?
 と思うほどの豪奢な建物、藤田ホール。
 松本ハウスと2組で。
 道中、ハウス加賀谷をさんざんとイジって遊ぶ。
 為谷のニセ紀香事件がやたらと面白い。
 漫才30分づつ。

 日本シリーズ中日勝利。

 「こうじんクリニック」へ。

 

 10月25日 月曜

 10時渋谷ビデオスタジオ入り。
 「北野チャンネル」2本撮り。

 辛抱たまらず、
 千駄ケ谷、ダブルクロスで
 「紙のプロレスRADICL 21号」を入手。

 15時に渋谷ビデオに引き返し、
 1Fの喫茶店でカレーを食べながら、紙プロ貪り読む。
 「タケシムケン」打合わせ。

 帰宅後、仮眠。

 中野、「だいどころ」で食事会。
 らちあかん。
 帰宅後、気がつくと前歯が抜けていた。


 10月26日  火曜

 朝10時、芝公園へ。
 歯抜けのままに、
 とにかく意識朦朧の午前中の運転は、
 限りなくデンジヤラスなので、鈴木くんに送ってもらう。

 「未来ナース」収録。
 爆乳爆発娘、桜庭あつこが主役。
 江頭2:50に恋を告白。
 二人はどこまで真剣なのか?

 移動後、某マンションで「東京恋人」ごっこ。
 最後に桜庭が江頭2:50に平手打ち。
 プロレスと同じくバラエティーも虚実の被膜がオモロなのだ。

 帰宅後、浣腸して歯探し。
 この時間、たぶん、世界で一番間抜けな男であっただろう。

 新宿「どんたく」土井ちゃん、江頭2:50、赤江くんのメンバーで
 打ち上げ。
 「かつての、浅ヤンの、このメンバーで仕事して、
  打ち上げが出来るのが最高なんだよ!!」と赤江君。

 2次会に繰り出すとことで、
 鈴木君に拉致されて、
 俺だけテレビブロスの締めきりで帰宅。入稿。
 
 
 10月27日 水曜

 「週刊宝石」の「百瀬博教交友録」にビートニクの話が。
 その前に書かれている、一流レスラーが難しいって話がオモロ。


 百瀬博教交友録 
 「日本一の母親孝行」北野武と過ごした夢の二時間

 平成十一年十月四日六時、
 麹町の「ダイヤモンドホテル」の新館ロビーで、
 「メンズウォーカー」の編集長花田紀凱を待っていると、
 何時ものように遅れることなくやって来た。

 これから彼に案内されて近くにある「TOKYO-FM」へ行き、
 「HANA-BI」でベネチア賞をとった監督北野武と対談するのだ。
 この対談は、
 番組の進行役である浅草キッドのリーダー水道橋博士が、
 拙著のとても良い読者だったことから実現した。

 本当は八月二十五日に行なわれるはずだったが、
 北野武の母堂が亡くなり、その日が葬儀の日と定められたので
 急遽延期となった。
 それがこの日実現されるのだ。

 「どんなこと喋ればいいのかな」
 「何時もの調子でやればいいんです」
 テレビにもラジオにも慣れている花田は
 何の相談にも乗ってくれず、カプチーノを啜っている。
 と急に、

 「前田日明さんと高田延彦さんの対談を
  アントニオ猪木さんが司会するっていうの、
  メンズウォーカーでやりたいんだけどどうでしょう」

 「どうでしょうって、何かものを頼む時だけ、
  いきなり取って付けたようにいい言葉遣ったって駄目ですよ。
  前田と高田の対談はまず無理。
  そしてそれをアントン(アントニオ猪木)が司会するとなれば、
  まあ最低百万円は用意しなくちゃならないよ。
  司会してもらった後で、前田、高田、猪木の三人を連れて、
  アントンの大好きな
  気の利いたイタリア料理の店に行くとするじゃないか。
  そうすると彼は支配人を呼んで『いつもの百万円のワインある』
  って照れずに言える人なんだ。
  ケチな原稿料程度じゃ納まらないぜ」

 「そこを百瀬さんと猪木さんの仲ということでよろしく頼みます」

 まあ、絶対に実現しない企画なので、
 頼まれた私もそんなに重圧を感じずにすむ。

 「前田さんと高田さんの対談は
  まず無理って返事でしたけど、どうして」

 「でしたけどなんて言葉普段使わない人じゃないの。
  そうやって美い言葉が使えるんならどんどん使った方がいいね。
  普段の貴男の言葉遣いは、
  あまり褒められたものじゃないんだから。
  有名なレスラーくらい難しい人間てないんだってこと
  知っちまうと、彼等の心の深い部分にある
  『オレは日本一』という心情に触れる仕事は 持ち込みたくないんだ」

 「その辺はよく理解らないけど、一つよろしくお願いします」

 懲りない編集長とこんな話をしている中に
 「TOKYO-FM」のスタジオヘ行く時間になり、
 皇居を見下ろせるビルの八階に行った。
 ラジオ出演は初めてだ。どうぞこちらへと通されたスタジオには、
 映画やテレビで見たことがあるように、随分大勢の人が働いていた。

 ガラス張りの奥の小さな部屋に入ると、
 机を挟んで北野武が長袖のシャツ姿でこっちを向いて坐っていた。

 「この度は御母堂様がお亡くなりになり、
  さぞかしお力落しのことでしょう。お悔み申し上げます」
 と言うつもりだったが
 「この度はどうも」としか言えなかった。
 夢のような対談を前にして上がってしまったらしい。
 マイク・タイソン、オスカー・デラホーヤのように、
 一秒いくらの北野氏をぼやぼやさせておくわけがない。

 早速水道橋博士、玉袋筋太郎両人の進行で、
 「北野武vs百瀬博教」という、
 私が十年前から夢に見ていた対談が始まった。

 「今夜は作家の百瀬さんです」
  と水道橋博士が私をリスナーに紹介してくれたり、
 一九四〇年生れでしたよねと言われた時も、
 大きくうなずいただけだったので、
 これではいけないと思った北野武が、

 「百瀬さんはラジオに来て一言も喋ってないぞ。
  声が無いので本当に居るのかどうかわかんないだろう、お前」
 と水道橋に言ってくれた。
 そうか、これはラジオだから
 うなずいていてはいけないんだと大いに反省。
 
 「裕次郎さんと百瀬さんてどういう出会いなんだろう。
  俺、そこが聞きたい」
 と北野武は私が喋りやすいように仕向けてくれる。

 石原裕次郎との出会いを喋ろうとすると、
 拙著「不良ノート」(文藝春秋刊)「不良日記」(草思社刊)を詳しく、
 読み込んでくれている水道橋博士が、
 「まああの詳しくは、おいおいとこう語っていくということで、
  前半のCM前は私の 一人語りですみませんでした」
 と言って対談が再開する。

 「まず、殿(北野武を弟子達はこう呼んでいる)との
  出会いを教えてもらいたいと思っているんですけど」

 「最初は田辺音楽出版の川村龍夫に銀座のクラブで紹介してもらった。
  北の湖が横綱現役の頃だけど、まるで力ずくで年貢米を取られてる
  百姓が嫌々悪代官に頭下げるみたいに、 
  もう地べたにおでこがくっつきそうなやり方で挨拶されたので、
  こっちが恥かしかった。
  紹介者が怪しいとこんな風になっちまうんだって、
  心の中で泣いていた。
  その後、西麻布のイタリアンレストランで再会した時、
  俺の書いた『ソナチネを観た日』を読んで理解してくれたらしくて、
  向うから『お話しませんか』って言ってくれたんで、嬉しかった」

 それから、水道橋博士の質問の意味を取り違えて
 おかしな返事をしてしまった後に、下獄中の話、
 市川の古本屋の主人がバブル時代に九百六十億円の資産を持ったが
 それがはじけて一銭無しとなった話等々を、約二時間喋りに喋った。

 対談の中で、北野氏ほど母親孝行者はいない今太閤だと言った。
 そして、二番三番はなく四番は正道館々長石井和義の名を挙げた。

 対談が終り、花田と食事に向う車の中で、
 もし自分の母親が生きていて今夜の対談を聴いたら
 どんなに喜んだろうと思った。
 そして自分があの対談の間じゅう如何に上がっていたかを知った。
 母親孝行では北野氏にも負けない男を思い出したからだ。

 それは映画監督周防正行だ。
 しかし、周防が鯉の滝のぼりよろしく、
 鯤から竜となって世界的な監督として名声を得ると、
 それまで彼の周囲にいた者達は、
 彼が変ったと言い出すようになった。
 そうなるのがあたりまえなのだ。

 <竜は本来孤独な動物である。
  それが雲をけって上昇する途には、友情などが入りこむ余地がない。
  竜となった人物が愛情をそそぐのは、そのリーダーシップに服し、
  彼の副業をたすける人々に対してであって、ともすれば、
  彼を批判しがちな友人に対してではない>(「二流人物論」より)

 竜の中の竜北野武と思いっきり喋った私は、
 西麻布の「キャンティ」で、オーソブッコを喰べようと思った。
                            (敬称略)


 
 14時、JFNで11月より始まる
 北海道限定のFM放送の打合わせ。
 そのままT−FM打合わせ。

 記録的な大雨。
 大塚美容外科で緊急に仮歯を入れてもらう。
 小島さんに感謝。

 そのまま池袋カッレジセンター、
 紙のプロレス主催「プロレス青空道場」へ駆けつける。
 ゲスト小川直也。30分の遅刻。
 最後に山口さんに指名され「一シロートとして」質問。
 控室で雑談。

 小川選手の話しぶりは前にも書いたが、
 全盛期の江川卓を彷彿させる。
 「だって俺、怪物なんだもん」って、
 持て余した気分とでも言おうか。
 マスコミにはぶっきらぼうな小川選手だが、
 僕には親しく、接してくれる。
 でも、前田社長のこととなると、難しい…。
 百瀬さんのコラムを思いだしていた。
 

 10月28日  木曜

 タケシムケンロケ。
 新潟、新津市へ。
 新チャンピオン「ラーメン東花」を再び訪れる。

 親父さんの消防訓練、そして狩猟ぶりを取材。
 「石油ラーメン、ハンターラーメン」

 東京に到着後、
 ダイエーの日本一を確認。

 帰途、タモリ倶楽部のカメラマンの中島さんを誘い、
 3軒はしご。
 「明日、午後からでしょ!」とスケジュールを熟知し、
 泥酔の中島さんのペースで流れ流れる。
 30代振られ続けの寅さん人生は、「男はつらいよ」に尽きるのか。
 お互いにわかる…わかる…って酒。
 
 帰宅は朝。記憶もない。

 10月29日  金曜

 布団から立ち上がることすらできない二日酔いに苦しみながら、
 17時半、テレビ朝日へ。
 「まずいラーメン王ロケ」
 横浜移動。
 中華三陽の屋台上がりのエロ大将のよる
 「チンチンラーメン」、

 原宿ラファーレ前で、
 伝説の初代チャンピオン彦龍の親父が屋台を開店。
 最後にテレ朝前で収録。
 終了2時。

 10月30日  土曜

 午前中、中央高速で日野市、
 東京都立科学技術大学で学園祭。
 学生が約1000名と言う、こじまりとした学園だ。
 天気が良く陽気に…。
 明日は江頭2:50が来るので入れ知恵して帰る。

 軽いグッキリ発生で、運動不足痛感。
 ドゥ・スポーツで水中エアロビ。

 赤江君からバトンタッチのSRS原稿仕上。

 10月31日  日曜

 朝、上野駅よりスーパーヒタチの乗り込み、
 茨木女子短大、学祭。
 保母さんになりたい田舎の女の子は皆、純朴だ。
 視聴覚教室で30分。

 帰京後、腰痛発生が心配で
 「ドゥ・スポーツ」で500メートル水泳走。

 夕方、新宿駅、小田急ロマンスカーに乗り込み、
 本厚木、
 昭和音楽大、学祭。
 ビビると共に。
 地元の子供連れに囲まれながら、40分。

 帰途、ビビるの大木くんを「探んな!」と言いながら、お話。

 帰宅後、WOWOW中継リングス、キング・オブ・キングス

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