水道橋博士 『本業』 (ロッキング・オン刊)
著 名 人 に よ る レ ビ ュ ー

 筒井康隆(作家)

「批評文は難しいけど、水道橋博士は
 自分に引き寄せて対象を描く術を心得ている」
 よしもとばなな(作家)
「最高におかしくて、夜中に大笑いしてしまった」
 高田文夫(放送作家)
「タレント本50冊をほめつつ関節技を極めていく、頼もしい一冊」

 村松友視(作家)
「2005年最も印象に残った本」
そこで取りあげる矢沢永吉から杉田かおるを経て、
佐野眞一を通過し、野中広務にいたって杉本彩に舞い戻り、
そしてビートたけし世界さえめぐる、
すべての〈タレント本〉に対するアングル、スタンス、距離感に感服。

『男の隠れ家』 2006年2月号より

 

 石井正則(アリtoキリギリス/芸人)

水道橋さんによる、タレントがタレント本だけを書評したタレント本。
「タレント本50冊、怒涛の誉め殺し!」
とコピーにはあるけれど、
僕は読んでいて、これは誉めているのとは少し違うんじゃないか?
と感じていた。
しばらく読んでいるうちにわかった。
これは肯定しているんだ、と。
「誉める」よりももっと大きな、包み込むようなイメージの「肯定」。
どこかやさしい感じがするのはそのせいだった。
水道橋さんご本人の人柄がよく出ているんだと思った。
水道橋さんの相手を斬っているようで活かしている
「活人剣」
のようなツッコミの切り口はこういうところによく顕れるんだと思う。
しかも、ツッコミという名の「剣」を「ペン」に持ち替えると、
針で刺すような鋭さのツッコミになり、
それが全部ツボを点いているので、
読んだあと、針治療をしてもらったようなスッキリ感が残る。
「文芸」
という言葉はこの人のためにあるのだと思う。
「文」で「芸」してる芸人さんは他にいないと思うから。
「文学」をしてる人や
「小説」を生業にしている人
「文筆業」のかたとかはいるけど、
「文芸」をしている人って聞かないもんねぇ?
水道橋博士さんはその第一人者であると、
僕は勝手に思っている。
「WEB いしいまさの日」より
 
 押切伸一(ライター・放送作家)
山城新伍が、若山富三郎・勝新太郎兄弟について書いた
『おこりんぼ さびしんぼ』は入手困難だそうだが、ぜひ読んでみたい本。
また諸星和巳の『くそ長?いプロフィール』も20分ぐらいで読んでみたい。
さて、「伝記作家」とさえ自分を位置づける水道橋博士は、
芸人としてはワン・アンド・オンリーの存在であり、
最近の若手芸人がどこか
中途半端なミュージシャン的ふるまい(モテて当たり前)を見せるのとは
自意識が違っている。
この本のように、「伝記作家が「自伝」を材料に短い伝記を書いた」
という趣きの文章は、博士の自家薬篭中の物だろう。
手練だ。情報量いっぱいだ。
おまけに交友録としても読めるのだからお得そのもの。
ところで、博士は時々「40を超えたすれっからしの俺」と書くのだが、
俺の印象は正反対だ。
こんなに物事をま正面から受け止める人はおらず、
その吸収度は高分子ポリマーのオムツ(横モレなし)といったところか。
何かを少し知ってしまうと満足しがちな俺とは違う。
断じてすれっからっしではなく、
岡山でサブカルチャーに興味を持ち始めた純童貞時代と
変わらぬ好奇心を持ち続けているようだ。
『押切伸一的サイト/PUSHER and CUTTER』より
 
 松江松恋(ライター)
5年前、BS地上波の放送が開始されたばかりのころ、
BSフジで放映された「お台場トレンド株式情報」という番組に
月1回のペースでコメンテーターとして出演していたことがある。
この番組、土曜日の19時から22時という
恵まれた時間帯の放映であったにもかかわらず、
周囲でほとんど観ているという人の声を聞かなかった。
またBSとはいえ地上波の制約があり、
好きな本を自由に紹介できることもほとんどなかった
(一例を挙げると、今人気の恩田陸という作家の
 『ドミノ』という小説を採り上げようとしたら、
 直前にどこかで将棋倒し事故があったとかで没になった。
 TVコードってそういうものだ)。
 
それでも私はこの番組の出演を楽しみにしていた。
ライターというのは引きこもり稼業なので、
普段はあまり新しい出会いというものがない。
この番組に出ると、思いもしなかったような業種の人や、
同業者と出会うことができたのである。
ちなみに、番組末期のころ何回か一緒に出演して、
そのたびに司会者の高橋里華を文字通り
「くいいる」ような視線で見ておられたのが、
いまや『盲導犬クイールの一生』で名を馳せた石黒謙吾さんだった。
ちなみに石黒さんの『ダジャレヌーヴォー』は
読む人の足腰を必ず立たなくさせてしまう、
ワインどころかアブサンのような本である。必読。
 
脱線が長くなった。
その「お台場トレンド株式情報」に私が出続けた理由。
それは「レギュラーに浅草キッドがいたから」に他ならない。
この番組に出て、水道橋博士がたいへんな読書家である
ということを私は知ったのである。
それも、たいへんな目利きである。
本読みには読書量のみを誇るタイプと
量よりも質で良書のエッセンスを
自分の血肉とすることに腐心するタイプの二通りがあるが、
博士は圧倒的に後者だった。

売れ筋の本にはフックというものがある。
読者の関心をひっかけるための鉤針である。
良い本であるかどうかはフックの有り無しに関係なく決まるが、
売れるかどうかには間違いなく関わってくる。
「お台場トレンド株式情報」のような情報番組、
字数の少ない書評欄などで本を紹介しようと思えば、
このフックを前面に押し出していくしかないからだ
(逆に、このフックにそのまま乗っかったような書評というのは、
 プロの仕事として詰めが甘いともいえる)。
ある日、私はそうしたフックでいっぱいのある本を紹介した。
スキャンダルで名を売ったある新人作家が書いたエッセイで、
テレビで紹介するには実に都合のいい本だったのである。
当然ながらスタジオの話題はスキャンダラスな部分に集中し、
わりと「受けた」。
そして短い出番が終わって楽屋に引っ込もうとした瞬間、
私は博士がこう呟くのを聞いたのである。

「ふん、中身のねー本」

思わずスタジオまで駆け戻って、その通りです! と言いそうになった。
そうなのだ。
その本は話題性という外身を外してしまうと何も残らない、
非常にありきたりな本だったのである。
後に残るのは単に、自己肯定と愚痴の垂れ流し。
本を紹介している私自身がそのことに気づいていて
(自分で選んだ本ではなかったということもあり)忸怩たる思いを味わっていた。
そこに博士の一言である。
信頼できる読み手だと改めてそのとき確信した。

というわけで。前置きが長くなったが今回紹介するのは
その水道橋博士『本業』である。
これはどういう本かというと、博士によるタレント本の書評本なのである。
もともとタレント本の書評本自体珍しいのだが、
タレントによるタレント本書評というのはさらに珍しい。
もともと浅草キッドの芸自体
「芸能界の出来事を取り上げてそれを批評する」
というタレント本の性格が強いのだが、
これはまさに「本業」というべき仕事なのだろう。

タレント本書評の命は、「抜粋」にある。
これが滅法巧いのが『男気万字固め』
(本書でも紹介されている。エンターブレイン刊)の著者吉田豪なのだが、
水道橋博士も負けてはいない。
なぜ「抜粋」が重要なのか。
博士の定義によればタレント本とは
「膨大で払いきれない有名税に対するタレント本人による青色申告書」だという。
つまりタレントにとってタレント本を書くことは
「独り歩きしてしまったパブリック・イメージに還付請求を行う作業」なのである。
この場合、読者は税務署員の役割を果たすことになる。
タレントの、このくらいはいいだろう、という自己申告の甘えに、
ここまでしか認められません、というダメ出しをするのである。
したがってタレント本の「抜粋」とは税務監査のための重要なエビデンス、
つまり領収書ということになる。
良質の領収書がいっぱい集められなければ、
そりゃあ監査も厳しくなろうってものである。
タレント本の書評者は読者の代表者でもあるのだから、
当然この点に注目しなければならないのだ。

たとえば元光ゲンジの諸星和己自伝
『くそ長〜いプロフィール』(主婦と生活社)の項。

著者にはもっと別の思惑があったのかもしれないが、
水道橋博士の抜粋は、読者を一定の方向へと見事に誘導している。
たとえばジャニーズの諸先輩に対する諸星の発言は
「『はっとしてグー』じゃなくて、『ひょっとしてパー』の間違いじゃないの(対田原俊彦)」
「何が「少年隊」だよジジイのくせに……などと半分バカにしていた(対植草克秀)」
というあたりが抜粋されている。
また、諸星が下半身事情について
「八百屋の幌つきトラックの中でしたことがあった。(略)
 俺はしているうちに急に面倒くさくなって、
 そこにあったニンジンに俺の代役を務めてもらった」
というボンクラなエピソードも紹介されているのである。
ここから導かれる諸星和己像というのは、もはや言うまでもないことだろう。
もちろんこれは評者による作者の攻撃ではない。
だって、書評する本の中に本当に書かれていることなのだから。
こうしたボンクラ発言をしてもなお商品としてグラつかない価値を持つ人間のみが
タレント本を書くことを許された真のタレントなのだ。
魂の有名税取立人、水道橋博士の面目躍如。

また、タレントの書いたタレント本ゆえの特典もある。
そのタレントと水道橋博士の間に交流がある場合は、
本では紹介されないタレントの一面が紹介されることになるのだ。
これは嬉しいボーナストラックである。
たとえば飯島愛『プラトニック・セックス』(小学館文庫)の項。
飯島愛が浅草キッドにこの本の執筆を打ち明けたのが
当時出演していた「クイズ赤恥青恥」の楽屋であり、過去の体験もすべて書くと
「まさに赤っ恥も青っ恥もおっぴろげ宣言をしていた」ことや、
出版後本人から本を手渡され、
「古舘伊知郎と大竹まことと伊集院光と浅草キッドだけにはあげる」と、
まるで「誰にでもするわけじゃないのよ……」という
「ナンバーワンキャバクラ嬢の殺し文句」のような台詞を囁かれていたことを
明かすのである。
まさにキャバクラ外交で日曜正午の
NHKのど自慢の裏番組メイン出演者にまで上りつめた
飯島愛ならではであることよ、と読者はここで感心することだろう。

さらに大竹まこと『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』(角川書店)の項では、
まず大竹まことのパブリックイメージを高めるために、
タレント思い出数珠繋ぎ攻撃によって、番組ロケでADを怒鳴りつけた、
顔面麻痺でTV出演しビートたけしに「顔面マヒナスターズ」とのギャグをとばされた、
人身事故から復帰した際事故のことを思い出してひるんだ千秋を怒鳴りつけた、
などの逸話を並べていき、「シティボーイズのいつも怒っている人」という
一般読者に共有されているイメージ以上のものを積み上げてみせるのである。
これはタレントによるタレント本でなければできない所作だろう。

ライターとして見習うべき部分も大きい。
山田かな子『せんせい』(飛鳥新社)の項である。
山田は例の山崎拓の愛人であることを告白して一時期話題になった人で、
この本も山崎拓のセックスの趣味を赤裸々に書くことで売れたものだ。
だがもともと、この本を採り上げた月は
(本書は「日経エンタテインメント」連載の単行本化である)
編集部から木村拓哉のエッセイ集『解放区』をやってほしいとの
要請を受けていたのだそうだ。
そういう編集部側からの要請は結構多い。
そしてたいていのライターは折れてその要請を飲んでしまうものである。
水道橋博士はどうしたか。
「ファンは、この本のキムタクのセミヌードに話題騒然とのことだ」と認めたうえで、
自分の関心はちょうど勃発した山崎拓の愛人スキャンダルにあることを吐露。
「週刊文春」の最新号には山崎拓が
「眼鏡を外してベッドに横たわる半裸の写真」が掲載されていたのである。
もはや関心は「キムタク」よりは「ヤマタク」のセミヌードにありと、
水道橋博士は編集部要請を有耶無耶にして
『せんせい』の話題に突入していくのである。

さすがだ。
しかもこの項の最後には、個人情報保護法が可決されれば
政治家の個人的なスキャンダルを暴露する機会がなくなるかもしれないと述べ、
「この権力者N愛人の手記こそが、最後の『解放区』だったのかも」
と見事に結んでみせるのである。

このように結びの鮮やかさにも注目。
「趣味:アフリカ」のいかりや長介自伝『だめだこりゃ』(新潮社)を採り上げれば
「結論! いかりや長介とは「日本のモーガン・フリーマン」と言うよりも
 「日本のブッシュマン」なのである」。
前出の飯島愛の項では
「かつての飯島愛のAVは「擬似」だったそうだが、
 この本の出来栄えは「ガチンコ」評価に値するのであった」。
ゴージャス松野『千代本三代目』(モッツ出版)では
「だが、いったい誰がこの本を買うのか? 
 沢田亜矢子の子供の父親より、永遠の謎である」
と、週刊アサヒ芸能の人気コラム
『週刊アサヒ芸能人』ばりの見事な言葉の冴えだ。

「博士の異常な愛情」がタレントの秘められた一面を「発掘」し、
その「濃厚民族」ぶりを暴き立てるばかりか、
「みんな悩んで大きくなった!」んだとタレントを持ち上げ、
読者に親近感を抱かせることも忘れないのである。
これぞ理想のタレント本書評というべきだ。


本書のお買い得度:
これで1100円の定価ははっきり言って安すぎ。
本棚にある他のタレント本を古本屋に売り払ってでも費用を捻出すべし。
具体的には『くりぃむしちゅーのあなたはどっち?』1000円、
『さまーずの悲しいダジャレ』1000円、
『間違いないっ 長井秀和オフィシャルブック』1365円、
『ギター侍の書』1000円、『ヒロシです1,2』合計2520円。
この辺の、ネタを一回読んで笑ったらおしまいというような本だったら、
売り払ってしまっても問題はないはず。
今すぐ古本屋さんへゴー!

『ゲッツ板谷WEB連載「チミの犠牲を無駄にしない」』より
 
 朝日新聞(文化部記者)
漫才コンビ・浅草キッドで活躍する著者が、
「日経エンタテインメント!」誌に連載した書評などをまとめた。
取り上げるのは矢沢永吉、いかりや長介など、
芸能界を中心とした有名人が書いた本50冊。
いわばタレントによるタレント本書評だ。
同じ業界にいる著者ならではの裏話や、
取り上げた本の著者のその後をフォローして、
同時代のルポ的な記録ともなっている。
文中で時折炸裂(さくれつ)するギャグに笑いつつ、
書評もまた芸だとうなずく一冊。
「朝日新聞」 2005年8月28日朝刊
 
 太田あきひろ(太田あきひろ)
元気になるし、頭と心のどこかを動かしてくれる。
テンポと笑いは年とともに衰えるからこの本は有難い。
文章にはリズムがあるし、コクと粘りがあって、面白い。
『哀川翔』『杉本彩』『野中広務』『佐野眞一』
『田原総一朗・田原節子』『杉田かおる』『大竹まこと』などズバッといい。
「前代未聞のタレントによるタレントだけを書評したタレント本」
と帯に書いてあるが、そんなものは超えている。
中学時代に水道橋博士は
竹中労の「ルポライター事始」に出会ってルポライターに憧れたという。
私もこれまで数々のインタビューを受けたが、
プロにかかるとこんなふうに劇的に生き生きと構成されるのか
と驚嘆したのが竹中労さんだった。
私にとっても、もう25年も前のなつかしい思い出だ。
『太田あきひろ公式SITE/私の読書録』より
 
『本業』 読書感想文コンクール 投稿作品

          エントリー作品(1〜20)へ

          エントリー作品(21〜25
)へ

          エントリー作品(26〜35
)へ

          エントリー作品(36〜44
)へ

 

 

読み逃げ厳禁! 読んだら 感想メール を送りなさい! 目次に戻る