『百瀬博教の柳橋キッド』第3回 2003.4.14 放送

 文化放送 毎週月曜 深夜1:30〜 


オープニング

放送3回目になりますが、
早くも業界内でかなり話題を呼んでいる。
中でも、業界筋の情報によると、
東京を代表する実力派お笑い漫才コンビのつっこみ担当で、
岡山県出身のある芸人さんは、毎週この放送の日だけは、
大好きな焼酎青汁割とわさび枝豆を我慢して、
夫婦で正座して聞いている、とのことなんです。
どなたなんでしょう。



――実は、先日生まれて初めて
ラジオの前で正座してる人の漫才を聞いた。
うまいんだなーこいつは、ってほんと感心した。
相手役もうまい。息ぴったり。
30分くらいやってるのにひとつも間違えない。
かんだりしない。その稽古量に驚いた。
すごいやつはすごい。


タイトルにもヒントが隠されている芸人さんでしょうか?



――東京キッドっていうのもいるしね。


今も聞いているであろうその芸人さんに励ましの言葉を。



――上野のサル山のボスざるみたいな顔してるんですよ。
瞬時も油断しないって顔。
ああいうのがゲシュタポになったら困るなっていう。
何で漫才師になったんだろう?
ああいう顔がCIAとかやったらいいな
っていうほどの頭の回転力を持ってる。
僕なんかが励まさなくても、
伸びる人っていうのは自己増殖をして、どんどん伸びていく。
僕なんかが励ますのは彼に対して失礼なくらい。
漫才をみてそう思った。驚いた。
あれだけ頭のいい男が不良の百瀬や、
不良ノートを好きなのはなんでか?って僕が逆に励まされる。


お名前呼んで下さい。



――何ていうんだっけ??
本名は、僕の祖母小野フミといっしょなんですよ。
確か、アトムと駅の名前に関係がある。
何で博士なんて名前つけて照れないんだろう?
その田舎もんのいやらしさもあるなって・・・(笑)

ここでわかりましたね。


――博士聞いてる?
いつも俺を励ましてくれてありがとう。
この前も立派な本を贈って頂いて、ありがとうございます。
DVDもありがとう。もっとちょうだい!
本当に、遅くなりましたが、
この間はほんといいもの見せてくれてありがとう。
電波を借りてお礼します。


浅草キッドの水道橋博士。
聞いて下さっているんですね。ゲストに来て頂きたいですね。


不良手帳

今回のテーマは「お金」
百瀬さんの懐具合はいかがでしょうか?



――(無言)


百瀬さん、寝てます?



――起きてます。
あなたの声をうっとり聞いています。


夜も更けておりますので眠い頃とは思いますが。



――いやいや眠くはない。
これはいちいちあれですか。
「はいはい」って言ったほうがいいんですか?


いえ、どちらでも・・・



――はい、わかりました。
はい、そうですか。はい、はい。


小さい頃、お小遣いをたくさんくれるおじさんを
見つけるのがうまかったということですが。



――うまかったっていうことではなくて、
お金をくれないおじさんの所には近寄らなかった。
父が柳橋の顔役ですから、いろんな人が来た。
中でも一番すごい人は、力道山のスポンサーでもあった、
明治座の社長の新田新作さん。
その人に会うと、紅玉のりんごが1個10円の時に、5千円くれた。
よく考えると、僕が不良になってしまったのは、
新田新作と会ってしまってお小遣いをもらってしまったことが決定的。
逆に僕から2千円借りて返さない人もいましたね。


お金持ちが周りに沢山いらっしゃるということなんですが、
ちなみに、一番お金がたまった時、
どれくらいお持ちだったのですか?



――今は百無しになって、一銭もなくなって、
バブルで借金背負って大変だった。
本当の金持ちから見れば笑っちゃうし、
僕は貧乏人の子倅だったんですが、
キャッシュで27億くらい持っていた。
うちの若いもんに3億とか運ばせると、すごい重たがる。


いまいちピンときませんが・・・



――よく手提げの紙袋あるじゃないですか。
あれで、1億は入りますね。長いやつに。
あれを3つですよ。


結構な重さですね。



――ええ、ずしんときますね。
「我が物と思えば軽し、肩の雪」みたいなかんじでね。


それぐらいお金がたまったのは、
一説によると耳のおかげだと・・・



――そうなんですよ。僕はすっごい耳がいい。
僕の耳を馬鹿にするのは石原慎太郎だけ。
お前の耳はおかしい、とかね。


福耳ですね。



――そうでしょ。でしょ。
小さい頃から言われてきたんですよ。
なにをひがんでんのか知らないけど、石原慎太郎は、
俺の耳見ると、「お前の耳はよくない」「縁起悪い」とか
そういうこと言うんですよ。
僕は、ま、いいやってかんじで言わせてるんですけど。

僕の耳がいいっていうのは耳のかっこじゃないんですよ、
音を聞くってことなんですよ。
中学生のとき、「市川駅で放送してるのが聞こえるよ」
って兄貴に言ったんですよ。
「津田沼ー、津田沼ー」とか。聞こえるんですよ。
駅から家まで歩いて7・8分くらいのとこなんですが、
風の音で聴こえるんですよ。
でも兄貴は「聞こえるわけない」っていう。
ほんと聞こえるけど証明するものもないですしね。

はっと場面が変わってですね、刑務所でですね
150メートル先で「明日カレーだよ」
って炊事場の人が話してるんですね。
で、僕が聞いちゃうんですよ。
で、みんなに「明日カレーだぞ」と言うと本当に出るんですよ。

もっとすごいのはね、
「あの百瀬の野郎、鉛筆ばっかり削らせやがって」
とかそういうことも全部聞こえちゃうの。

金儲けのことになると、市川に古本屋さんがいましてね。
そこへ行ったときに、すごいんですね。(むにゃむにゃ・・・・)


ええ?? 何言ってるかわからないですよ。


――他の人はね、いらいらして何言ってんだこいつは、
って言っていなくなっちゃうんですよ。
そいつが長谷川一男って言ってキムタクみたいな顔していればですね、
1年8ヶ月は我慢してつきあうとかあると思うんですが、
もう、顔もですね、そんないい男でもない。
だから友達がいない。
でも僕は、彼が僕のこと好いてくれていたし、
彼のめちゃくちゃの頭のよさがいいなって理解していたから、
彼の話を一生懸命聞いてた。
彼は僕のその姿に打たれて、秘密の話をしてくれた。
実は自分は株がうまいんだと。
「今は5千万損してるけど、必ず得するからお金貸して」
って言われて、20人くらいから借りて、2億作って貸した。
そしたらどんどんどんどん儲かっていって、960億になった。
そして僕も、2億から3億、4億、5億と貸していったら、
4年間くらいお金が入りっぱなしで、27億になった。
毎日遊び呆けて27億円。
あそこで遊び呆けなければ27億2万円とか残ってた、
と思うんですよね。
ほんとのはなしが。ほんとにそうなんですよ。


ずばり「お金」とは?



――生涯離れられない友として
お金とはつかず離れずつきあっていきたい。
最大の友人。いいおつきあいしたい。
お金は愛さないとだめ。
どんないい恋愛でも、ストーブに薪を入れないと暖まらないように、
恋人にだって、もらいっぱなしで、
100円寿司をごちそうになってばかりではだめ。
10回に1回は返す、とかやると、
将来は、この人は自分のことで一生懸命やってくれる人だな
ってことで愛も燃えるわけで。
もらいっぱなしはだめ。
儲けさせてくれる人にもお礼するし、
お金そのものにもお礼する気持ちがあるといいですね。

東京カルチャー見聞録

今回は、「赤坂」
最初のキーワードは「赤坂初体験」



――そうですね、柳橋で生まれましたから、
「赤坂」って名前は家ではよく出てくる地名だった。
で、僕の好きな、徳大寺伸っていう映画俳優がいて、
その人が赤坂の「金林」っていう大きな料亭の息子さんで、
「金林」のおばさんも、会うと必ずどっさり小遣いをくれた。
うちのおふくろの何十倍も高い香水をつけていたんでしょうから、
女っぷりも香水の匂いも勝てない。
ものすごくいい匂いのする女の人が住んでる街。というかんじ。

初めて赤坂に行ったのは、
当時つきあっていた彼女が赤坂で謝恩会をするっていうことで、
18歳の時、赤坂プリンスに行った時ですね。
それから19歳で初めて赤坂で働くことになって、
地下鉄の駅を上ると、ちょうど都電がきて、
紫のスパークがパーとあがるんですよ。
こんなみすぼらしいとこだったのかなってくらいだったんですが、
一歩一ツ木通りに入ると、きれいな割烹がずらーっと並んでた。
ここは特別な場所なんだな、柳橋、銀座いわんや浅草ではない。
赤坂という個性を持っていた。

少し歩いていくと、ニュージャパンがあって、
その下にニューラテンクウォーターがあって、
その先に、花馬車、コパカパーナがあった。
「金林」のおばさんに感じていたいい香水をつけた女、
っていうのが、佃煮にするくらいどっさりいましたね。


次のキーワードは、「ニューラテンクウォーター」



――そうですね。世界の泰斗、一流の人が来ていた。
力道山、美空ひばり、長島、勝新、三船敏郎、
歌手も映画俳優もたくさん来てた。
すごい所だな、と思いました。

中でも、梅宮辰夫は、こんな上品な人がいるのかな、
ってくらい上品な人だった。
僕が今まで会った芸能人の中で、
彼くらい折り目正しく行儀のいい人はいない。
今は娘で苦労しているようですが、
そのころは、好青年ですごいなーって思って見てました。

なぜ来るかっていうと、
そこには、トリオロスパンチョス、ディアマンテス、
ナット・キング・コール、サミー・デービスJr、
ヘレンメリルとかそういう人達が出てた。
それを見るだけでもほんとに赤坂行ってよかったな、って気持ち。
お金持ちがおしかけて、
自分の好きな女の人を連れてきて楽しむ場所でした。


このニューラテンクウォーターで働いていたんですよね。



――そうです。
毎日裏でお皿を磨いたり、灰皿換えたりしてました。
用があるとき、用心棒やってました。(笑)


続いてのキーワードは、「甘い記憶」



――今思い出すと、TBSってのがありまして、そこが山でね。
今のTBSと比べたら100分の1も無いような掘っ立て小屋だった。
そこの前にアマンドがあって、いろんな芸人がお茶を飲んでいた。
僕の一番好きな落語家で、名人志ん生って人がいたんですが、
息子の古今亭志ん朝ってのが横に座ってて、
お父さんにシュークリームのお土産をもたせた。

その並びにあんみつ屋の「もとお」っていうのがあった。
そこに行ってました。甘味屋はいっぱいあった。
一ツ木通りにも246の郵便局に近いところにも。


百瀬さんは甘いものがお好きなんですか?



――はいはいはい。大好きです。
僕お酒を飲みませんから。
おはぎを1回で48個食べるとかね。若い時やってました。


次のキーワードは、「一ツ木通り」



――246の方から入ってって、TBSに向かうと、
左側に「かわむら」って古本屋があった。
そこに行くのが好きでした。
風呂屋、写真館、だるま堂っていう薬屋、もあった。


立ち食いのおすし屋さんがあったそうですが。



――昭和38年の終わりの冬頃、
その古本屋の隣の瀬戸物屋の前に屋台があった。
それこそ、昭和の初め頃まであったんだろうけど、
すごい新鮮で行きましたね。
結構高くてね。お皿を見れば値段がわかるっていう。
今の回転寿司みたいなかんじでした。
翌年は出ませんでしたが。


新しいものが生まれる街だったんですね。


――考えて金儲けしようとしたんでしょうね。

エンディング


今日の放送はいかがでしたか?



――僕の方で藤木さんにお聞きしたい。
僕はちゃんとできましたか?
1回2回目は、どこで頷いていいのかもわかんなくて、
まごまごした。
今日は1回2回に比べて、
こういう風にするんだなってことをちょっと覚えたので、
自分なりに気分がいいです。

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