「余計なことを書いた」 文・水道橋博士
特集 松尾スズキ 『鳩よ』No.195掲載 

私は「松尾スズキ」の本業である芝居を一度も見たことがない。
そんな私が「松尾スズキ」のことを語ることなど、
恐れ多くて出来ることなら御免こうむりたい。
が、これも世の常で、出たくもないところへ出ていくこと、
自分が理解されたいことでなくても誤解されていくこと、
そして、そんなことは私本人以外、誰も気にしていないことを、
私は、もうよくわかっている。

そう言えば私が中学生の時だったろうか。
「遊」という雑誌で、まだ車椅子に乗っていない
元気な頃の大島渚監督が、売り出し中の若手監督であった
石井聰互監督を訪ねて
「あなたの作品は一度も見たことがないけど、
  私にはあなたの才能がわかるんです!」と断言していた。
当時、私は、この発言が何故か子供心にも
気恥ずかしく一人で顔を赤らめた。
しかし、この人が、
間違いなく気高い「英雄」であることが一発でわかった。
そう断じる私はその時、
大島渚の映画を一度を見たこともないにもかかわらず…。
そのことすらも私は恥じた。

未見なものについて他人に語ることも伝えることも難しい。
99年のことだ。
日本テレビのスタジオで人気番組の出演者を集めて
旗手特番の収録が行われていた。
司会の島田紳助(さん)が、我々のブースに近寄って来て
「あの役者みたいの誰や?」と問うた。
その紳助さんに指さされ無名の新人扱いされたのは、
吹越満(さん)であった。

私は紳助さんにもともと芝居畑である吹越さんが、
知られていない事実を内心、そんなものなのか?と驚きながらも
「ずっと昔、ロボコップ演芸やっていた
 ワハハ本舗出身の役者さんです」と答えた。
「知らん!」と首をひねる紳助さんに
「昔、マチャミ(久本雅美)さんの彼氏だった人ですよ、
  そして今、女優の広田例央名の旦那さんですよ…」
と下世話過ぎる情報を付け加えた。
「そうなん!」と紳助さんはこの説明になるほどと得心した。

が、私の心の中で、実は吹越さんとはお互い新人時代、
演芸のネタの発表会で何度も同じ舞台で
シノギを削った10年近くの知己であり、
しかもこの数日前にTOKYO FMホールで行われていた
「吹越満ソロアクト」を客席で見て、その出来具合に、
私が舞台ではなく、客席にいることを
身をよじるほど嫉妬してしまうような思いを抱いたにもかかわらず、
そんな話は一切触れず、下世話で下衆なことでしか
吹越満像を伝えられぬことに忸怩たる思いが残った。

そして、告白すれば、その人の本業の舞台を知っていたところで、
舞台に取巻く観客の感情はその場に居合わせた人にしか分からぬ、
しょせんそんな矮小なものかと思ってしまう、どうしようもない、
もどかしさを感じていた。
と言うより、そんなことをイチイチ心の隅に呵責のように思うくらいなら
吹越さんの芝居も見なければ良かったとさえ思ったのだ。

ところで、私の師匠、ビートたけしほど
本来の仕事の「偉業」だけでなく本人の意志にかかわらず、
意識しなくとも「恥ずかしい」ことでも「下世話」なことでさえも、
何もかもが世の中に晒されてしまっている芸能人は珍しくないか。

そして弟子である私は、長年にわたってそういう境遇である
「ビートたけし」を「英雄」として見上げ、
私淑、盲信しているに違いない。

最近、写真家のアラーキーが
「男を張る」「身体を張る」ということは
「晒すことである」と言ったと伝え聞き、
その言葉を訝るることなく、ビートたけしに当てはめ、
どんな「英雄」よりも熱烈に信仰しているものが常日頃の私である。

これは1995年の話、
バイク事故から復帰した「ビートたけし」は
傷ついたスカーフェースのまま、公開リハビリ期間とも言える
テレビ出演を続けていた。
が、当時は日本人なら誰しもが口にはしないが、
まだ完治していない歪んだ異形のテレビの王様を、
痛々しく見つめていた。
 
そしてある日の日曜日、
生放送の「スーパージョッキー」の前番組、
KinKi Kidsの生番組に殿がプロデューサーの要請で飛び入り出演した。
かぶりものをかぶったビートたけしの突然の乱入に湧くスタジオ。
にわかに大物対応の態勢のレギュラー出演者の中で、
後に外反母趾になるほど日本に定住していなかった
ビビアン・スーだけが
「ナニ、コノヒト? ダレ? ナンナノ?」
と状況を飲み込めていなかった。

あのビートたけしを相手にしてこのトンチンカンな応対に
スタジオは大いに沸き上がった。
「ナニヨ、ダレ、ダレ?」
とひるまず、無邪気に叫ぶビビアン・スー。
「なんだよ、この女はバカ野郎!」
と応じる殿。

笑いはさらに大きく盛り上がる。
そして、ここでビビアンが
「コノヒト、メがヘンよ、ミテ! コノヒト、メがヘンよ!」
とウケてると勘違いして絶叫を始めた。
とにかくスタジオに居る全ての人の時が止まったかのような
スローモーションであわてふためく仰天発言だった思う。

この現場をスタジオの隅で、肝を冷やしながら眺めていた私は、
この光景がまるで松尾スズキが書くような
芝居じみたスリリングな瞬間だと思っていた。
いや、実際には、その松尾スズキの芝居を見たことはないのだが…

思いつくまま、実に余計なことを書いたと思う。
できることなら「松尾スズキ」について語ることで、
このようなことも思いだすこともなく、
無事、過ごせたら私は幸福であった。
なにしろ私が憧れる「英雄」であったら
「知らん!」と一言でこの原稿依頼を断っていただろう。
 
出来ることなら他人に自分の意見を、
このような雑誌で披露せずに生きてゆけたら…
と私は「松尾スズキ」を想うたびに思うであろう。  

 

 

 

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