アントニオ猪木のベスト・バウト私論 文・水道橋博士

 紙のプロレス公式読本「猪木とは何か?」キラー編(芸文社)より

「キラー猪木のベストバウトは何か」という質問に対し、
一試合を選ぶのは難しい・・・。

今や、猪木の全盛時代のビデオっていくらでも見ることができるけど、
やっぱり“不世出の天才レスラー”だって再認識するよね。
“格闘技”とか“UWF”とかまったく別の次元でね。
でも、猪木の場合は、
”見ることもできない試合”、
“行われてもいない試合”ですらも
想いを馳せられるところが凄いね。
そのヘンでオレなりに4試合を選んで見たんだけれども。

1、vs 萩原健一

いまもって、借金の賠償に苦しむ猪木が、
前妻の倍賞美津子をめぐって 闘われたハズのこの試合は、
一体どのような話し合いがもたれ、どのような駆け引きがあったのか、
誰も語るモノがいないだけに気になるね。
 
相手は芸能界でも指折りのヤンチャでキカン坊で知られる、
ショーケンだもん。
お互いが、相手をどんな風に思ったんだろうかね〜。

例えば一時期に戸籍上、つかこうへいと松田優作が
義理の兄弟であったことがあるんだけど、
親戚の集まりとかでお互いのことを
どう思ったんだろうなんて考えちゃうんだよ。
松田優作が、つかこうへいのことを「兄さん」って呼んだのかね?
どうでもいい話なんだけど・・・。
 
WWFなら、ランディ・サベージが
リック・フレアーからエリザベスを取り戻すなんて、
リングの上で決着をつけるという茶番劇があるんだけど。

『傷だらけの天使』は、いかにして、
悪魔の燃える闘魂を沈火したのか興味は尽きないよ。


2、vs 会津若松の暴漢

昭和48年、新宿伊勢丹前で買い物中の猪木夫妻が、
謎のインド人っていってもチャダじゃなくて、
T・J・シンら3人の当時は無名の外人レスラーに襲撃された事件は、
プロレスファンには、おなじみのストーリー。

その16年後、平成元年10月14日に、
会津若松で猪木が講演中に暴漢に襲われた事件は、
世間一般にもよく知られている話。
この2つの試合を比較してみると、シンとの時は、
ナックルパンチで猪木もプロレスラーとして応戦してるんだ。

でも、会津若松では猪木は無抵抗なんだよ。
その日の『東京スポーツ』を読むと、
猪木がインタビューに答えてbb
「『この野郎殺してやる』と思ったが、議員猪木が頭をよぎり、
 もう1人の猪木が、『許してやれ』って言ってきたんだよ」
と神がかったいつもの猪木節を聞かせたbbって書いてあるんだ。

この時点で東スポの記者にとって猪木が、
“神がかってる”のはもう当たり前のことなんだ。
だって“いつもの”なんだもんね。
首筋を刺された殺傷沙汰の被害者のコメントに、
“いつもの猪木節”ってノン気さもないけどね。
新聞報道の記事だよ。
その後猪木は血まみれの傷口を左手で押さえて講演を続けたんだって。
血だるまでさ。もう映画『マルコムX』だよ。
 
で、猪木は、この異変にすぐ状況を把握できたか?
って記者に聞かれてbb
「ひでえアトラクションするなあと思った」
って答えてるんだけど、やっぱりプロレスラーそのものだね。
 
普通の人なら刃渡り20センチのナイフを持った男が
突如壇上に上がってきて切り付けてきたら、
アトラクションとは思えないよね。
 
でも、シンのサーベル攻撃に一歩もひかなかった猪木が
頭に包帯を巻かれて車椅子姿で記者会見をする様子を見ていて改めて、
猪木がプロレスラーから国会議員へと転向していったことを確認した、
一戦だったと思う。
 
もしも、この試合で、猪木が死んでいたら、
猪木は力道山どまりだっただろうね。
刺されても死なない猪木は力道山を超えてるよ。


3、vs アミン大統領

いまだに、”あれはいったいなんだったんだ”と思うんだけれども…。
このカードが発表されたのは、調べたら、昭和54年1月26日。
当時としても珍しく朝日新聞の朝刊にまで報道されたんだから。

だってアミン大統領っていったら、
後に「食人大統領アミン」っていまでも語り種になるような
映画にまでなった世界的悪役というより歴史に残るゲテモノじゃない。
大量虐殺の実行者なんだから。
 
この頃にしたって、モハメッド・アリと闘った世界の猪木が
暗黒大陸へ鬼退治に向かうって感じの植民地対策チックな
大時代的な雰囲気がしたもん。
 
いまなら、なんだこの大ボラは、って思うんだろうけど、
実際には京王プラザホテルで記者会見が行われ
最終的な合意に達したとして
「6月10日、ウガンダの首都カンパラの
 国立サッカー競技場で試合が行われる」との正式発表があって、
「猪木のファイトマネーは50万ドル+一行6人の交通費、
 レフェリーのアリのギャラは100万ドル+一行15人の交通費、
 アミン大統領のファイトマネーは公人ということでゼロ。
 純益の半分を国庫に寄付する」という契約内容まで公表され、
信憑性のありそうな具体的な話まであったから、
現実には本当に向かっていたんだろうね。
 
しかもそれを発表するプロモーターが、あの猪木vsアリ戦を実現させ、
オリバー君を連れてきたあの稀代のヤマ師、康 芳雄だからね。
で、一番笑えるのは、アリのコメントが
「最悪の事態に備え、ヘッドギア、グローブ、防弾チョッキを着て
 リングに登場する。また、どちらかでも、違反を犯したら、
 その場で俺がKОする」だって。
 
何か『ホット・ショット2』の世界かって突っ込みたくなるよ。
笑い話ならともかく、関係者は本気で動いていたんだから、
もうやっぱり笑うしかないよね。
 
計画の推移を伝える東スポを読むだけで
血湧き肉踊るっていうか、全部書き写したいくらいだよ。
世界中がハラホロヒレハレしちゃうよ、これは。
 
結局、確かウガンダの政変でポシャッたわけだけど、
大それたことを考えるよ猪木は。スケールが違うね。


4、vs キラー・カーン

この試合は、IWGPのリーグ戦の頃の話ではなく、
あくまで『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』で、
モノマネ芸人の春一番がアントニオ猪木に扮して、
キラー・カーンなどと闘う一連のドタバタプロレスのことなんだけど。

ある意味で、実にアントニオ猪木をオレに感じさせてくれるんだ。
本当に、春一番の猪木マネは似てるんだけど、あれは、
似てるんじゃなくて、猪木そのものになっちゃってんだ。
猪木が春一番になってんだよ。
 
いつもコテンパンにやられた後、春一番が
「今日も、また負けてしまいましたが・・・」って、
毎回独壇場のマイクパフォーマンスで大ウケするわけだけど、
負けてもマイクを持って脚光を浴びるってのが、実に猪木らしいんだよ。

プロレスファンの多い芸人仲間の間でも、春一番は、
誰よりも猪木信者で、心酔してるんだ。
オレたちの前でも必ず「猪木さんは神様」だって言うんだけど、
いつからそんな風になったのか知らないけど、
猪木のモノマネが似れば似るほど、
猪木に魅入られれば魅入られるほど、
春一番っていう芸人が、やせ細ってくるんだよ。
 
6年前に出会った頃は鶴太郎さんの一番弟子で、
ハンサムな漫談家であったのが、いまや、太田プロをクビになり、
猪木のモノマネだけがとりえの、
酒びたりのガリガリ破滅型芸人になりつつあるんだ。
 
前田日明が猪木のことを、カッコウにたとえて語ってるんだけど、
 
「猪木さんの毒なしでは生きられなくなってしまったレスラーは多い。
 猪木さんは毒に対する抵抗力の強い人間には、
 カッコウの卵を産みつける。
 カッコウは、モズやホオジロなどの他の鳥の巣に卵を産む。
 そして、卵がかえると、カッコウのヒナは、
 自分の周りの卵をすべて巣の外に落としてしまう。
 とんでもない習慣を持った鳥だよね。
 猪木さんは、カッコウと同じように
 他人の人格の中に猪木イズムを産みつける。 
 成長しながら、その人間個性や感覚を消していくんだ。
 つまり猪木イズムがカッコウのヒナなんだよ」

なんで芸人の春一番が、
猪木に卵を産みつけられなきゃならないんだって思うんだけど、
本人の“猪木信者”ぶりは本気でね。
ネタとしても猪木以外の人なら、単にモノマネのレパートリーの
一つで済んだような気もするのに。

この猪木イズムを“たけし”とか“談志”に置き換えると、
オレたちもゾッとするんだけど。
しかし”猪木”っていう人を、
連綿と続く“芸”の系譜に置き換えることも、
猪木の偉大なことではあるよね。
だって、猪木がなければ、
反猪木の前田も、新猪木の高田もないんだから。
 
でも、2人共、猪木とは離れていったからね、いまがあるんだ。
猪木に魅入られるってのは、やっぱり悪魔、死神がつくことなんだよ。
言葉遊びじゃないけれど、
「イチバーン」のコールで売ったハルク・ホーガン、
つまり「春くの一番」の方はね、
かたくなに猪木から遠ざかることによって、
アメリカでビッグになったもん。


 

 

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