★浅草キッド推奨コラム★

人生150年時代の到来で“人生設計”はどう変わる

『WEDGE』より

 
老後資金は2億5000万円、多額の医療費に住宅間題……

御歳150歳、そんな実社会が到来しようとしている。
決して絵空事ではない。
医学の進歩や交通安全技術の進化など、
人間の長寿命化の要因は着々と揃いつつある。
推計によれば今の30歳が21世紀を迎える確率は 約70%、
40歳でも約60%、60歳でも約30%という
驚くべき数値がはじき出されている。
「人生80年」、そんな人生設計を
根本的に考え直さなければならない時代が
到来しようとしているのだ。
人生150年時代、あなたの入生設計はどうかわる?

決して絵空事とはいえない人生150年時代の現実性。

「人生80年」
いつしか定説となっているこの言葉が、21世紀の初頭にも大きく崩れようとしている。現在の日本人の平均寿命は、厚生労働省の「簡易生命表」によると、男性が77.10歳、女性が83.99歳となっている。「人生80年」という言葉は、こうした数字からも裏付けられている。
だが、平均寿命の算出には、ーつ、大きな欠陥があることをご存じだろうか。平均寿命とは、その年に生まれた0歳児が平均して生きると予想される年齢を指す。その計算には、死亡する要因が変化しないという前提条件がある。つまり、医学・医療の進歩や、交通 事故発生を抑える技術開発などの要素はまったく加味されていないのだ。冒頭で示した平均寿命は、1999年に生まれた新生児が、社会の進歩がまったく止まった状況で、80年生きることを意味する。
しかし、一方で医学や医療分野の進歩は目覚ましいものがある。人体の構造である「ヒトゲノム」の解析はほぼ終わった。クローン技術もすでに動物実験の成功が相次いで報告されており、これからは人体の器官はどこが病気に冒されても、「再生器官」を作ることで治療可能な世界が近づいてい.る。人間のクローンを作ることも、すでに技術的には可能で、残る障壁は倫理問題だけとなっている。
20世紀、ペニシリンの発明が肺炎や敗血症など多くの細菌性疾患を治療可能にした。それが、日本人の寿命を40歳から80歳へと倍増させたーつの要因でもある。そして21世紀、医療はさらに飛躍することは間違いないだろう。ほとんどの疾患が治すことのできる世界がやってくるかもしれないのだ。その時、寿命が20世紀のように、飛躍的に延びても、何の不思議もない。
医療だけではない。交通事故など「事故死」にも当てはまる。安全技術の開発は進み、ITS(高度道路交通 システム)などが導入されれば、交通事故死が激減すると予測される。建設省(現国土交通 省)は、2010年にクルマの自動運転が始まると見る。
日本でもっとも有名な人口推計機関、国立社会保障・人口問題研究所の推計法を基本として、死亡率の要因となる疾患や事故死の死亡率が2030年代までに大きく改善する推計モデルを作ってみた。それも、年齢層別 に、死亡率の低下を変動させている。例えば、かつて日本人の死因のトップだった結核などの感染症は、すでに20世紀に死因としてはかなり減少している。こうした分野は、2032年までに最大で2割しか死亡率が低下しないように推計した。一方、生活習慣病(癌や心臓病)は、これからの医療の進歩が予測される。そこで、新生物関連の死亡率は、最大で死亡率が6割減少するモデルにしている。こうして、死因別 、年齢別のマトリクスで、将来の死亡率を推計したわけだ。死亡率は2030年代に向けて、徐々に減少していくモデルになっている。

その結果、寿命は21世紀前半にも100歳を超えて、飛躍的に延びることが分かった。計算でいくと、21世紀半ばには平均寿命が150歳近くに到達することになる。20世紀に2倍に延びた寿命が、21世紀には、さらに2倍に延びるわけだ。その後も医療の進歩が続けば、さらに寿命が延びるということになるのだ。
絵空事だと思う向きも多いだろう。だが、寿命に関しては、これまでも常識が次々と覆されてきた歴史がある。今でも「細胞の老化を考えれば、最大寿命は120年」という根強い説がある。だが、ある人口研究者は、「その説に決定的な根拠などない。もし本当だとしても、細胞の老化自体を延ばす医療が出現すればいいだけのこと。寿命に限界はない、というのが21世紀の常識になる」と指摘する。
今回の推計の結果、21世紀は「死ぬことが難しい時代」と言える。

健常者への社会保障は消え、住宅建て替えも深刻化

今年1月1日、人々は21世紀の幕開けを祝ったが、いったい何人の人が、自らが22世紀の正月を迎えることを想像しただろうか。実は、推計の結果 、2001年の30歳の人口の72%が、2101年1月、つまり22世紀まで生き続けるという数字がはじき出された。40歳は57%、50歳は41%、そして60歳でも31%の確率で22世紀の初日の出を拝むことになる。その時、日本の最高齢者は199歳と、200歳目前まで迫る。
「まさか」と思うかもしれないが、冷静に考えれば、すでにそうした実例は数多く出ている。現在の100歳を超えている1万人強といわれる"超高齢者"は、すでに2回の新世紀の幕開けを体験している。21世紀の医療の進歩が、その数を急増させるというシナリオは、決して突飛なことではない。
だが、人々がこうして「人生150年時代」を想定していないことが、これから人きな社会関越に発展するかもしれない。21世紀にやってくる「人生150年時代」は、果 たして人々の生活をどう変えるのだろうか。
まず気になるのは、「人生80年」で設計されている社会制度や個人の老後設計が根底から崩れることである。
年金制度はすでに崩壊の危機がささやかれている。健常者であっても65歳から年金が支給されるような制度は、いずれ破綻することは間違いない。なぜならば、推計によれば、2101年には高齢者(65歳以上)の人口が1億470万人に達し、15〜64歳の4064万人の2倍を超えているからだ。現在、15〜64歳の人口に占める労働者の割合(労働力率)は約72%だから、この数字が変わらないとすれば、労働者一人で高齢者4人の生活の面 倒を見ることになる。いかに現在の制度が存続不能か分かる。
結論としては、働くことができるだけの体力のある人には、社会保障が与えられない時代がやってくるとみられる。一定の年齢に達すればリタイヤできる、現在の「定年」の定義が崩れ、健康状態や体力を指数化して、「労働不可」と診断された人だけが、仕事からリタイヤできる。この「身体的定年」の診断が下る前にリタイヤしたい人は、国に頼らず、自らの財力で余生を生きていかなければならない。だが、「人生150年」の時代では、早くリタイヤすると、その後の莫大な生活費をまかなうだけの貯蓄が必要となる。
「身体的定年」が制度化されると、早期リタイヤにはどのくらいの貯蓄が必要になるのか。例えば、現在と同じように65歳の健常者がリタイヤするとしよう。150歳まで生きるとすれば、残りの人生が85年も残っている。高齢者の一カ月当たりの平均生活費は24万円(70歳以上、総務省調査)にのぼる。インフレ率を考慮に入れないとしても、2億4480万円の生活費が必要になる。
もちろん、150歳になるまでに、どこかで「身体的定年」の診断が下ると思われるが、多くの疾患が治り、衰えた器官はクローン臓器に入れ替え可能であれば、かなりの年齢まで働くことができるかもしれない。例えば「身体的定年」が100歳だとすれば、余生の50年を暮らすのに必要な金額は1億4400万円となる。それも、働くことができない状況で、50年間も何をしながら生き続けるのか、というもうーつの問題は残ることになる。
さらに問題となるのが、住宅問題だ。現在、木造住宅は耐久年数が30〜40年、コンクリート住宅やマンションで50〜60年といわれる。「人生80年」ならば、働き盛りの40歳前後で住宅を購入すれば、おおよそ一生もつことになる。
だが、寿命が100歳を大幅に超えてくると事情が変わってくる。100歳に近づいてから、住宅を建てかえとも予想される。同居する子供や孫、曾孫がいて、資金を頼りにできればいいが、そうでなければ超高齢になってから思わぬ 住宅資金問題に直面しかねない。

死ぬことが難しい時代の到来「寿命二極化」の可能性も

「不老長寿」は万人の願いだと思われていたが、21世紀、「死ぬ ことが難しい時代」には、長寿をめぐる様々な問題に直面し、自ら死を選ぶ人も急増すると考えられる。医療の発達も、最初の段階では、遺伝子治療やクローン臓器には多額の医療費が必要となる。経済的な理由から、長生きできる人と、そうでない人という「寿命の二極化」が起きる可能性もある。また、医療コストが下がってきたとしても、これまで見てきたような長寿にまつわるさまざまな資金需要の負担を考え、あえて延命につながる治療を受けない人も出てくるだろう。「カネで命が買える」という、薄ら寒くなるような事態が待っているわけだ。
また、生命観の違いなども顕著になってくる。脳を含むあらゆる臓器が交換可能だとすれば、理論的にはいつまでも死が訪れないことにもなりかねない。そんな時代に、死の時期は「諦めの美学」によって白ら選択するしかないのかもしれない。白らの寿命をコントロールできる時代に、あなたは何歳まで生きますか?
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