★ 浅草キッド推奨コラム ★
小説・哀川 翔「コーナー持てよ」

松尾スズキ著「この日本人に学びたい」より 

哀川翔(1961〜)/俳優
鹿児島県鹿屋市出身。大学在学中、飛鳥新社でライターとしてアルバイトし、雑誌『ポップティーン』の創刊にもたずさわる。そうこうしているうちに原宿の歩行者天国でストリートパフォーマンス集団「一世風靡」に参加。84年、「一世風靡」の中から選抜された「一世風靡セピア」のメンバーとして『前略、道の上より』でデビュー。86年『青の情景』でソロデビュー。この頃から俳優としても活動を始め、あと、何故か『Sleeping time of animals』という動物が寝ているところばかり集めた絵本も出す。90年、Vシネマ『ネオチンピラ 鉄砲玉 ピュー』が大ヒット。その後も『修羅がゆく』『勝手にしやがれ』ほか続々とヒット作を飛ばし、Vシネマ出演作は優に100本を越える。演技パターンも「コミカルなキャラ」「シリアスなキャラ」「その中間」の3種類を巧みに使い分け「Vシネの帝王」の名を欲しいままにする。将来の夢は「鹿児島3区から立候補して、高速道路引きたい。今、母親に地盤固めさせてるとこ。あと北海道知事にもなりたい。人間を分散させたいから。一極集中はダメ。それと新宿にピラミッドを建てたい」

 

 自分、エイタって呼ばれてます。
 青森の私立大出てしばらくふらふらしてて。
 でも、思うところあってかれこれ三年、翔さんの付き人やってます。
 歳ですか。それはちょっと、聞かないでおいてください。
 びっくりするだけですから。

 「火事、見に行くぞ。六本木だ」
 翔さん、友達連中と『カジミ会』っての作ってまして、
 どういうのかっていうと、どっかの町で火事だってことになれば
 携帯で連絡取り合って、みんなで車とばして見に行くという、
 只そういう会なんですけど。
 朝五時っすよ。
 いつもの『金属はいった』声で
 「エイタ、ポンギで火事だよ、おら、日ぇ覚ませ」
 って、自分テイケツでかなり朦朧としてるし
 火事なんか別 に見たくないですけどね。
 「フガフガ言ってんな。おまえも火事見て勢いつけんか」
 ハッパかけられるし、つっらいすけど、つっらいすけど、
 翔さんの召集はそれはもう絶対ですから、
 もう、ほっぺたばしばしひっぱたいて気合い入れて、
 きったない自分のアパートからチャリンコすっとばして五分、
 哀川御殿を目指します。

 自分、運転手もやってますから。
 翔さん自慢の黒のカマロ。
 ベンツもポルシェも、いろいろ試した挙げ旬のカマロ。
 仲間には『なまず』って呼ばれてますけどね、それは言えません。
 ま、自分正直言ってこういうペッタンコののっぺりした車は趣味じゃないっす。
 仕事でデコトラ乗ってましたから。
 はい。すみません。
 大学出てデコトラ。
 にぎやかな車が好きっす。
 ねぶた祭りみたいな。
 「太え」って言われる車に乗りたいっすよね。ゆくゆくは。
 実際、
 「おまえの顔に俺のカマロは似合わんのよね」
 って、よく言われるし。
 整形してカマロ顔にしろって。

 「エイタ、おまえ、オリコンの社長(注1)に似てるのな」
 これもよく言われる。
 自分その人知らないすから、
 「それどんな人ですか」
 って聞くんですけど、翔さんニヤニヤ笑って
 「いや、よかにせどん」。
 お国の鹿児島の言葉で「男前」って意味らしいんです。
 よかにせどん。

 それで、六本木まで車出すのはいいけど、その間、翔さん喋る喋る。
 『間』ってものが嫌いですから。
 ジャケットとかも、なんか格子縞とかペイズリーとか、
 『間』がつまった奴着てないと落ち着かないんですね。
 真剣な顔で言いますから。
 「こんなジャケットどう思う? 
  なんか模様かなと思ってよーく見たら、
  蟻ん子みたいな字でびっしり哀川翔哀川翔哀川翔って書いてあるの。
  作っちゃおうかな」。
 みたいな調子で、なんで朝っぱらからこんなに勢いあるんだってくらい喋ります。
 クスリやってんじゃないのってくらい。内容のない話をね。

 「夢見ちゃってさ」
 まず、その日見た夢の報告から始まりますよね。

 「お好み焼き焼いてんのよ。俺が。
  みんなの前で。鉢巻きなんか巻いちゃって。笑うでしょ。
  そしたら、どんどん焦げちゃってさ、煙がもうもうと出てくんだよ。
  失敗。あ、やべえ、恥かいてる? 
  俺恥かいてるよとか思ったら、知らない間に隣にあいつがいるのよ、
  ハーベイ・カイテル。
  多分、夢の中で『恥かいてる』と『ハーベイ・カイテル』が
  ボキャブっちゃってる訳だけど。
  で、カイテルが言うんだよ。
  『巻き戻せ』『巻き戻せばいいじゃん』って。
  訳わかんないんだけど。
  ふっと見るとホットプレートの脇に巻き戻し機能ボタンがついてるのよ。
  これはって、押すとさ、お好み焼きが
  チュルチュルチュルチュル映像みたいに
  早回しで焦げる前の状態に戻ってくんだよ」

 「ははあ」

 「おもしれえだろ、俺の夢は。
  あれは、あれだな、ああいうのが実際発明されたら凄いだろうな。
  お好み焼き巻き戻し機。
  こういう発想はよ、大学なんてくだらねえもん出てちゃあ、
  ちょっと出てこないね」

 「ええ、凄いっすね」
 て言うしかないんですね。
 辛いっすよね、はっきり言えば。
 人の夢の話を長々聞いてるのは。

 また、何かにつけてチクリチクリ大学出を責められるのもきついすけど。
 いや、でも、幸せなことっすけどね。
 だってこんなシュールな話してる哀川翔知ってるの、自分だけですからね。
 哀川翔がシュール。
 事件でしょ? のちのち自慢できますから。
 辛抱強く聞いてます。ペーペーですから。
 自分、今なんでも吸収しなきゃいけない時期ですしね。

 「ほんと俺もさ、お笑いやろうかな、この際」
 何がこの際なのかわからないんですけど、
 唐突に『アイデア』が出てくる人なんですね。

 「ゼロから勝負するか。
  哀川翔だってこと隠してよ、おまえと二人で。
  どこまで行けるかな。お笑いスタ誕とか出てな。
  やってねえって。突っ込めよ。おせえよ、ばか」

 「すいません」

 「ザボンズってどうた」

 「…ザボンズすか」

 「(山田康雄の物真似で)鹿児島からすっぱい奴らがやって来た、ザボンズた」

 「あはは、いいすね」

 「よかねえよ。ばか。ザボンズだぞ。
  前途多難だよ。そんで、あれだよ。
  いきなりヒッチハイクだな。とりあえず」

 「どこ行きますかね」

 「アメリカとユーラシア大陸やられてるからな。
  赤道だ。ヒッチハイクで赤道一周。
  できねえよ。殆ど海だよ。ばか。
  突っ込めよ。できる訳ねえだろ。
  やめやめ。お笑いの才能ないわおまえ。ザボンズ解散」

 「すいません」 って。

 始めからそんなのやる気ある訳ないんですけどね。
 とにかく相手が俺だろうが人形だろうが
 ずーっとこんな調子で喋っていられるんす。
 きっと、翔さんて人は。

 この間もVシネのロケの時、
 待時間の間中エキストラの人たち相手に
 哀川翔の『アイデア』独演会・翔節全開ってノリで、
 延々やってましたっすね。
 本人は気を遣ってるって部分もあるんだろうけど、
 エキストラの人たちスターに気ぃ遣われると、倍気ぃ遣いますから。
 なんかもう、そういう時は
 言葉のパンチドランカーみたくなっちゃいますよね聞いてるほうは。
 笑ったり困ったり。フラフラ。

 「こないだ、仕事で岩手のもう雪深いホント田舎って感じのあの、
  寒村、寒村に行ったんだけどさ、
  もうなんかモロ中国の水墨画? 山水画? ま、そういう世界ね。
  降り積もる白銀の雪のまにまに民家がポッみたいな。
  住んでる人たちもほんと原日本人つー感じのさ。
  いいのね。顔が違う。顔がもう都会と違う。アールなのね。
  顔の部品の全てがアールでできてるの。
  いや、俺何でこんな話してるかっつーと、
  俺なんか芸能人ってもあれじゃない、
  『民族』でございますって顔じゃない、いかにも。
  先祖は栗が主食、みたいな。
  今、子供、五人いるしね。まして。
  だから、意外と馴染んじゃうんだけどさ日本全国。
  もうGパン俳優って呼ばれてるから。何にでも馴染むのね。
  色で言ったらこげ茶色? カンヌまで行っちゃうもん。『うなぎ』。
  哀川翔のまんま、カンヌ行く映画出ちゃう。
  でも話戻るけどこんな田舎にさ、『UA』なんて来ちゃった日には、
  どう対処すんだろうね地元民は。『りょう』とかな。
  最先端の顔がロケで来ちゃうのね。刺激きつすぎだっての。
  意味わかんなくなっちゃうね。
  もう『鬼が来た!』とか、『焼き殺せー』とか、
  そういうレベルの世界なんじゃないの? パニーック、みたいな。
  そういうことをさ、想像しない? 田舎行くと」

 しないですよ、そんなもん。

 「また、あれなんだよな。
  そんな田舎でも深夜放送ってのはあるんでしょ? テレビ。
  九時で終わりじゃないんでしょ? 
  あれは流れているのかな。『A女E女』はよ。
  ドンドコドンドコ太鼓叩いて催眠かかった女が悶える奴。
  あれもほんと行くとこまで行ったな、テレビはな。
  邪悪。邪悪はいってるよ。流れてるのかね。
  あんなものが流れたら、またまたパニーックだね。
  『焼き殺せー』って。誰焼き殺すのか知らないけどさ。
  そういうことをね、俺達はね、考えて行かなきゃいけないんだよね」

 考えてどうすんだ、とか思いつつも
 「っすよねえ」なんて無理矢理感心して見せたりしてると、
 突然こっちに矛先がむくんですよね。

 「ばか。またおまえ尊敬してんじゃねえよ俺を。
  こんないい加減な話で」

 「すいません」

 「音楽だよ。俺の話は。イージー・リスニングでしょ。
  ボディーで聞くんだよボディーで。ねえ、エキストラのみなさん」

 でも、たらたら聞いててもそれはそれで突っ込まれちゃうんですけどね。

 「目が死んでる」。とかね。

 そういえば、ありました。一度だけまじで死ぬほど怒鳴られたこと。
 まだ、Vシネ二本にちょい役もらったぐらいなんすけど、
 タナカエイタって、なんかさえない名前が嫌で、
 自分にも芸名ほしいなと思いまして。
 で、翔さんにお願いしたんです。

 「あの、哀川って名字いただいちゃいけませんかね。
  哀川エイタでいきたいんですが」

 翔さんわりとそういうの喜ぶタイプじゃんって、
 姑息な考えもあったんですよ正直言って。
 そしたら、怒られた怒られた。

 「それおまえどういうことかわかってんのかこの野郎!
  おまえが哀川エイタで、もしタレント名鑑に載ってみろ。
  俺の写 真がおまえの後にきちゃうじゃねえかよ!
  一〇年早えんだよ。ばか。ワンだ。ワン。
  おめえなんか一番最後に載ってろ。
  今日からおまえワンエイタな。決定」

 中国人みたいなことになってしまいました。
 知らなかったすよね。
 翔さんの名前、タレント名鑑で一番最初に載るために
 考えに考えてつけたんだそうで。
 こだわりがあったんすよね。ほんと恐かった。
 言えなかったですもん、でも愛川欽也はどうすんのかって。

 自分は翔さんのこだわりって、好きっすけどね。

 「おまえも役者目指すんなら、
  最終的にはコーナー持たんとな。コーナーな」

 翔さんの口癖っす。
 コーナー持てって、あれね、レンタルビデオ屋の棚に
 自分のコーナーが持てるくらいになれと、そういうこと。
 どこ行ってもあるから。哀川翔コーナー。

 「タレント名鑑見ろよ。
  何千人て役者がいるけど、ビデオ屋にコーナー持ってんのは
  一〇人くらいなんだから」

 そうっすよね。
 ハンサム? 反町コーナーないっすもんね。
 名優? 佐分利信コーナーないっすもんね。

 「俺、正直日本で評価ないのな。キネ旬とかな。
  でも、例えば、外人が初めて日本のビデオ屋入ってさ、棚見るじゃん。
  三船敏郎コーナーがありーの緒形拳コーナーがありーの、
  で、並びに哀川翔コーナーもあると。
  絶対俺日本のトップテンに入るグレイトな役者だと思われる訳じゃない。
  役者の評価なんて、形にできねえじゃん。
  でも、俺はなんにもねえけどコーナーだけは持ってるっていう、
  それは動かねえじゃん。
  コーナー持つってことは、只一つ、動かねえものを持つってことなんだよ」

 説得力ありますよね。
 只、そのトップテンの中には竹内力も入るんでしょうねえ、やっぱり。

 自分東京出てきて始め、何とち狂ったか舞台目指してましてね。
 『大人計画」って名前にひかれて、
 その劇団のオーディション受けたんですけど
 「歳いきすぎ」って落とされて。
 なんかそこの主宰の松尾スズキが出てるというんで
 『愛の新世界』を観に行ったんです。
 演劇やってるSM嬢の映画。
 そしたらそれに翔さん友情出演でヤクザの役で出てて。
 面 食らった。
 人を脅す時に自分のサングラス食べるんです。
 パリパリ。あの演技には衝撃を受けましたよね。
 普通 食べませんよ、あんなもん。
 こんな役者がいるのか!

 役者? いや男、っすね。
 雄闘虎、と当て字してもいいっす。
 気がついたら自分、その足で哀川御殿の前に立ってたんですね。

 で、話戻りますけど、『なまず』のカマロがやっとこさ、
 六本木の現場に着いた時には、なんだかもう鎮火しかかってまして。
 火がチョロチョロ、みたいな。
 そもそも小さな火事だったらしくて、
 消防車も何台かいるにはいるけど、
 もう、緊張感ねえやって感じになってるんですね。
 先に着いてた『カジミ会』の面 子も申し訳なさそうに
 「もう、一山過ぎた」って。
 翔さん悔しそうにへたり込みましてね。
 なにしろ一年ぶりの火事見でしたから。

 「ばか野郎、これが哀川翔に駆け付けられた火事か! ふざけんな」。
 半分涙目っすよ。
 やばい。自分、ここで頑張らなきゃって思いました、頑張らないでどうすんだ。
 で、叫んだ叫んだ。
 「燃えろー! もう一山来いー! 
  哀川翔が来てんたぞ。何だと思ってんだ、この野郎!
  燃えろ燃えろ! ばか野郎。
  哀川翔だぞ! 俺の師匠が見てんだぞ!
  コーナー作っちゃうぞ、六本木中に」
 無我夢中で叫びました。
 殴られましたね、消防署の人に。
 あと、翔さんにも。
 「俺のタレント生命断つ気かおまえは!」
 でもね、その夜、翔さん、本当は嬉しかったんだよって、
 ジャブシャブおごってくれました。
 自分、めげそうになると、いや、なりますよめげそうに、
 もうすぐ四〇だもん、めげますよ。
 でもね、そん時は、その夜に翔さんにもらった色紙見るんです。

 『哀しい川を翔べ。エイタよ』
 翔ばなきゃね。翔ばなきゃ、会えないす。
 田舎に残してきた娘にね。来年中一っす。
 会えないっすよねコーナー作んなきゃ。
 涙出ますよね。哀しい川を翔べ。
 なんか自分、涙出るんすよね。
 涙出るうちは頑張れるかな、って。
 なんとなく自分思って、翔さんの真似して
 かっこつけてサングラス齧ってみたりするんです。
 泣きながら、サングラス、齧るんす。
 はい。ベロ、怪我しましたよねえ。

※注・この小説はフィクションであり、実在の哀川翔さんとは何の関係もありません。

 

 

 

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