| 私の胸を熱くした
伝説のレスラー :玉袋筋太郎 |
| 2002年11月6日付 東京スポーツ |
強さとズッコケの同居する“プロレスの外敵” あのデビュー戦は、まぎれもない伝説だ。
大相撲界から転身、横綱の看板を引っさげて プロレス界に殴り込みをかけた北尾光司。 日本のマット界が注目する中、そのベールははがされた。
平成2年2月10日、対ビガロのデビュー戦。 私自身、北尾がどのような雄姿を見せてくれるのだろうかと かたずを飲んで見守っていた。
と、その時。 私の視界に前び込んできたのは、 北尾のあまりにも衝撃“笑劇”の姿だった。 ホーガンをモチーフにしたイエローTシャツに、
ワケの分からないパフォーマンス。 “ズッコけた”というのは、まさにこういうことだ。 東京ドーム中があんな失笑に包まれたのも前代未聞だろう。
さらにデビュー戦であれだけ大ブーイングを浴びた選手も初めてだろう。 最後に叫んだ「ありがとー」なんて、まるで小学狡の学芸会である。
思えば相撲時代。 不世出の大横綱・双葉山と羽黒山のシコ名を合わせた 「双羽黒」という名を襲名するも、数々のトラブル。 揚げ句の果てには「おかみさんを足げにした」という
これまた前代未聞の事件を起こして廃業した。 廃業後の「スポーツ冒険家」というワケの分からない肩書も、 何それ?って感じ。
そんな北尾にしてあのデビュー戦というのが、笑えてならなかった。 だが、北尾の「強さ」というのも語らずにはいられない。 天から授かった恵まれた肉体一一デカさも才能とはよく言ったものだ。
カカト落とし一撃で天龍の鎖骨をヘシ折るなど、恐ろしい強さがあった。 「やべえぞ。誰が倒すんだ?」と本気で焦ったのを覚えている。 彼は強すぎるがゆえに、フロレス界の外敵になっていった。
特筆すべき点は高田戦だ。 勝った高田はのちに語り草になっているヒクソン戦へとつながる。 そう、北尾対高田は今の格闘技ブームのテープカットだったのだ。
そして、平成10年7月、不完全燃焼のまま謎の引退。 長州力ともめるなど、相撲界同様、 マット界も北尾を飼いならすことはできなかった。
彼は今、何をしているのだろう。 フロレス人気低迷の今、強さとズッコケの両面を持つ彼が “超獣”ホブ・サップと対決するのを、私は夢見ている。
(玉袋筋太郎) |