『藝人春秋』特設サイト

次の各設問は、浅草キッドが芸能界に入る迄の『青春の歩み』
(決して春の歩みではありません)を記したものです。
右段【】の中から答えを選んで、自由に文章を完成させて下さい。

※ 答えをチェックすると警告音が鳴ります、音量にお気を付けて!

 設問1 博士の誕生

昭和37年8月18日、浅草キッドの【A】袋、
水道橋博士こと、本名【B】、岡山県倉敷市に誕生。
実家は、紙問屋を営む中流家庭で、幼少の頃より、
何不自由なく過ごすが【C】だけが不自由であった。
【C】だけは、後に、打出の小ヅチで叩いても、
【D】式背伸び体操でも、磯貝式伸長法を試みても、
決して伸びることはなく、
後に【E】と共に、倉敷が生んだ 2大チビスター
と本人が勝手に呼ぶことになるのであった。

A: 知恵  におい
B: 天草海坊主 小野正芳 リトル・フランキー
C: 身長  体重 座高
D: 川端 オギノ ねじ
E: 白木みのる  山田隆男  辰吉丈一郎

設問2 玉 袋の誕生

一方、博士に遅れること5年、
昭和42年6月22日、浅草キッドの【A】袋、
玉袋筋太郎こと、本名【B】、東京都新宿にて出生。
実家の商売は、後に、大変に知られることになる、
店名を【C】と言う新宿2丁目のオカマバーであった。
しかし、この頃、まだ父正行は、オカマっ気はなく、
俗に言うところの【D】ケであった。
まさに【D】キな父さんであった。

A: 知恵 におい
B: アゴ勇 藤木悠 赤江祐一
C: くらげ おこぜ うつぼ
D: ノン チン ホト

 

設問3 小学校時代の評価

小学校時代、博士は学業優秀で周囲から
"末は博士か、大臣か"と大いに期待をかけられたが、
まさかこんな【A】になるとは、夢にも思わなかった。
しかしながら、本当に"博士"になるとは、
もっと思わなかった。

玉袋の方はと言えば、小字校時代より、落ちこぼれ。
"将来は、施設か刑務所か"と周囲に心配をかけたが、
まさかこんな【B】なるとはと、ゲイ人の父を喜ばせた。

A: 浮草稼業 手形のパクリ屋 女子プロの前座レスラー
B: エンターティナー シェキナ・ベイビー セクシー・ダイナマイト

設問4 夢と現実

ところで、余談だが、水道橋博士は、
もしかしたら自分は''もらい子"で、実際は、
とんでもない政界の黒幕や、とてつもない財閥の総帥の妾の子で、
成人したあかつきには、莫大な財産を引き継ぐと言う
【A】的な空想にとらわれることが多かった。

しかし最近、相棒の玉袋筋太郎が、その"育ちの悪さ"にもかかわらず、
とんでもない財産を引き継ぐべき【B】持ちの子供であることを知り、
"王子と乞食"の心境を味わうことになる。
なんと、玉袋の実家の、【C】のヒタイほどの小さなお店の土地が、
赤江家の所有物で、推定資産価格は【D】もする
高額物件であるらしいのだ。

しかも、この土地を得たのは、祖父達一が、
昭和37年のセ・リーグのペナントレースの覇者
【E】を、一点買いした野球賭博、いわゆる【F】の配当であった。
なにしろ、この年の【E】は、前年度の最下位から、
監督の【G】魔術による【H】バッテリーの大活躍により、
奇跡の優勝を遂げたのであったから、高配当も当然のことであった。
まさに、人に歴史あり、【 I 】に前科ありである。

A: 本宮ひろし 五木ひろし 内山田ひろし
B: 病気 太鼓 お金
C: ブッチャー ネコ タチ
D: 10億円 1 0億ペソ 10億ピコキューリー
E: 大洋ホエールズ 千葉パイレーツ 東京メッツ
F: オクムラチヨ トトカルチョ フェラチヨ
G: インド大 三原 カッパーフィールド
H: 星・伴 秋山・土井 柴田・松尾
I: 月亭可朝 左とん平 克美しげる

設問5 博士の中学時代

博士は、越境入学で、 岡山大学付属中学校に進み、
同級生に、あのロックバンド、
元【A】のヴォーカル【B】がいた。
しかし、この学校は、大変な進学校で、
学生服の詰め襟を外しているだけで、
不良と呼ばれる程の校風であり、
後のパンクのヒーロー【B】も
当時は、【C】に入り、賛美歌を歌っていた。
しかし、こんな学校から、同じ【D】に入り、
これほど天と地の差がつくとは‥‥。

中学時代、博士は、将来に対し、さまざまな夢を抱いていた。
小学生時代に憧れていた【E】になるには、
体が小さすぎたし、かと言って、女子プロレスの
前座レスラーになるにしては大き過ぎた。
そこで、プロレス記者になりたいと思いたった博士は、
当時、愛読していた【F】のタイガー・ジェット・シン特集号や、
村松友視のプロレス・シリーズを読み、ますます、その意を強くしていった。

また、その頃、反骨のルポライター【G】が書いた【H】を読み、
ジャーナリストや編集者などにも興味を持つようになるが、
毎日毎日、暇さえあればコイてばかりのセンズラー。
だらしない生活に、ジャーナリストでも、できれば、
PLAY BOY誌の【I 】みたいな暮らしができないものかと思いつつ、
学校帰りに【J】館に入り浸るうち、【K】に襲われたりし、
次第に、学校生活が苦手になっていった。

 A: ブルーハーツ    ブルーフィルム  ブルーノ・サンマルチノ
 B: ジャッキー吉川   甲本ヒロト    宮地おさむ  
 C: ウィーン伝導こけし合唱団   
    ドリフの少年少女合唱団    
    桃太郎少年合唱団
 D: 実業界         芸能界       大霊界
 E: ユニセフの民間大使  プロレスラー     大人のおもちゃ屋
 F: 週刊ファイト     SMスナイパー    レコンキスタ
 G: 竹中直人       竹中組長       竹中労
 H: エロ事師たち     日本女地図      ルポライター事始
 I: ヒュー・へフナー   ボブ・グッチョーネ  ジョン・C・ホームズ
 J: 極真会        映画          熱海秘宝
 K: 水野晴郎       西田盆        オカマ

 設問6 玉袋の小中学時代

話はさかのぼるが、玉袋の方は、小学生の低学年の頃、
新宿のデパートの屋上の屋外ステージで、生まれて初めて、
芸能人を生で見る。

それは【A】でおなじみの、牧伸二さんであった。
子供心にも、どうらんの濃い顔と、
異様に高いポックリ靴、そして、片手に持った
ウクレレという、風変わりなイデタチに魅了されてしまった。
なにしろ、小学生の頃から、毎週土曜日には
欠かさず【B】を見る、ませたガキではあったが、
【B】に出演していた泉ピン子の芸風を【C】と見抜きながらも、
自分が、ここまで【C】に身を落とすとは、思っていなかった。
それでも【D】に憧れて、学校ではよく
カトちゃんのマネをして、先生にカトちゃんギャグの
【E】をして、よく叱られていた。

しかし、そんな人気者も、小学校3年の時、
本当に【F】をもらし、人気にかげりが見え始めたのだった。
そして、中学に入り、【G】に進学。
学校帰りに、父の店に顔を出したところ、
姉のセーラー服を着込んだ親父を目撃し、【H】と一喝され、
グレることを決意する。
しかしながら、番長に強制的に入部させられた
【I】クラブでの役目は、その広角な視野を生かした
見張り役で、性格的にはいじめっ子でありながらも、
やっていることは、いじめられっ子になってしまい、
成長期の人格に大きな影響をおよぼした。
ちなみに、当時の趣味は【J】であった。

A: ウクレレ漫談 百面相 バナナの叩き売り
B: ギルガメッシュ・ナイト ウィークエンダー ゲバゲバ90分
C: おさせ よごれ すべた
D: ドンキー・カルテット ドリフターズ  サンデーズ
E: グラッチェ うんこチンチン おしゃまんべ
F: しっこ うんこ 放射能
G: 風の子学園  ねむの木学園 淀橋中学
H: 男には男の武器がある 地震・雷・ホモ・オヤジ 男の仕事場に来るな
I: 万引き  お達者 ダチョウ
J: イタズラ電話 ピンクの電話  Q2ダイヤル


設問7 漫才師への道

そんなわけで、それなりに悩み多き
青春時代を過ごしていた浅草キッドの二人。
博士の高校時代、玉袋の小・中学時代に、
まるで嵐のように吹き抜けるのが 【A】ブームである。

80年代初頭から、日本中を笑わせた
このブームに、二人共に、夢中になってしまった。
特に、東京で唯一、孤軍奮闘していた漫才師
【B】の小さい方【C】が、81年に始めた、
ニッポン放送木曜深夜1時の【D】は、
まさに二人にとっての啓示であり『生きる糧』であった。
そして、この二人をして、将来は絶対に
【E】師になろうと云う決意を 固めさせるのであった。
その先に、芸能界という、
途方にもない地獄が待ちかまえているとも知らず‥‥。

  ベビー         ダッコちゃん    漫才
  松鶴家ジロージロー   空たかしひろし   ツービート
  関たけし        ビートたけし    寺内たけし
  オールナイトニッポン  走れ歌謡曲     不二家歌謡ベストテン
  サオ          ハンデ       漫才

 

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